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京介はバイトの帰り、まっすぐに家に帰る気にはなれず、行きつけのバーに向かった。
「あら、いらっしゃい」
「どうも」
マスターである佐々木遊は色気たっぷりの笑みをみせた。
肩まで伸びた明るいブラウンの髪をひとつに縛い、華やかな顔立ちに柔和な笑みを絶やさない遊は、格好こそバーテンダーの服装をしているが、言葉使いは思いっきりおネエ言葉だ。
ここは六本木駅から少し離れた裏通り、雑居ビルの地下一階にある、ゲイバー『クロス』
ここに来れば男と出会えるという噂があるが、京介はもちろん男漁りに来たわけではない。
苦しい片思いから逃避行するように、ここに通いつめていた。
マスターである遊は今年で三五歳になる。とてもそうは見えないほど若い。
京介がここに通いはじめたのは、このマスターの人柄に惹かれたからだ。
話し相手がほしいときは、空気をよんで話しを聞いてくれる。逆にとことん飲みたいときはカウンターの隅で飲ましてくれた。
ここに来る客は大半が男。遊が目当てな客も少なくない。
「ジントニック。きつめで」
「かしこまりました」
遊は薄らと笑みをみせてカクテルを作る。
平日の二二時すぎということもあり、客は京介しかいなかった。
「どうぞ」
カクテルを受け取って、京介はそれを一気に半分ほど飲み干す。
長い息を漏らしてグラスを置いた。
それでもモヤモヤとした気持ちがおさまらず、京介はカバンから煙草を取り出す。
煙をゆっくりと燻らせて、ようやく落ち着いた。
煙草を灰皿に押し、京介はじっとそれをみつめる。
「なにかあった?」
頃合を見計らったかのように遊が声をかけてきた。
「……健吾が、結婚するって」
情けない声がでて自分で驚いた。
「そう」
遊は切なそうに眉根を寄せて静かに相槌を打つ。緊張の糸が切れたかのように、頬に涙が伝った。
そのことにはっとして京介は慌てて涙を拭う。
「俺、馬鹿みたいだよな。ずっと、六年間も好きだったのに、ただ思ってるだけで。怖くて」
何度も伝えようとした。でも。
「健吾に軽蔑の目で見られるのが怖くて、言えなかった。嫌われたく、なくて」
「京ちゃん」
苦しそうに遊が呟きカウンターからでて、京介の隣に腰を落ち着かせた。
「泣いていいのよ?私しかみてないから」
ぽん、と頭を撫でながら遊が優しい笑みをみせる。
京介はそれが引き金となったかのように嗚咽を漏らした。
「う、う、くっ」
遊の広い胸板に顔をうずめ、泣き喚いた。
遊は何も言わず、優しく京介の背中をさすってくれる。
今夜だけ。今夜だけ泣いて忘れよう。
親友の結婚を、心から祝福できるように-。
泣くだけ泣いて、ようやく京介は顔を上げる。
「ありがとう、ございます」
「大丈夫?」
「は、い」
遊は瞳を細めて笑い席を立ち、グラスにミネラルウオーターを注いで渡してくれた。
「喉、からからでしょ」
指摘通り、喉はかれていた。こくりと頷いて京介は一気にそれを飲み干す。
すう、と喉に冷たい水が通って京介はようやく一息ついた。
「美味しいです」
ぎこちない笑みだったが、たぶん笑えていたと思う。
「またいつでもいらっしゃい。あなたの泣き場所にしてあげるから」
「マスター……」
遊の優しさが目にしみてくる。せっかく泣き止んだのだ。ぐっと堪えて京介は笑顔を作った。
「ありがとうございます」
外にでるころには気持ちも晴れ晴れとしていた。底冷えするほどの寒さだが、心は暖かい。
京介は軽い足取りで家路へと急いだー。
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