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序章
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俺の家はじいちゃんの代から芸能事務所を営んでいた。
タレント・アイドル・歌手・俳優に子役に声優。幅広いジャンルを扱っているだけあって、この業界では随一と言われていた程の大手事務所だった。
でもそれは前社長のじいちゃんの代まで。五年前にじいちゃんが死んでその一人息子である俺の親父が継いでからはあれよあれよと事務所は寂れ、落ちぶれ。今じゃ年収100万以内と言う有り得ない弱小事務所へと慣れ果てていった。
それに畳み掛ける様に社長である親父は事務所を担保に三億の借金をこさえ、挙げ句の果てに息子を置いて夫婦揃ってとんずら……。
そして親父に代わりこのMeeting事務所の若き取締役社長となった俺は、17歳の若さで三億の借金と会社を背負い込むはめになったのだ……。
「足りねぇ……足りなさすぎる」
夏らしい澄んだ青空に浮かぶ太陽も傾いて来た夕刻、出資帳を記入しながら俺、臼杵貴文は盛大な溜め息をついた。
「足りないって、何が?」
俺の呟きに、ソファーに寝転がりパリパリとポテチを貪っていた少年が不意に誌面に落としていた視線を此方に向ける。その際、少年の空色に染め上げた髪が彼のまだ幼さの残る顔にさらりと流れ落ちる。
「来月の返済金。あと20万たんねぇんだよ」
ポリポリとペン尻で頭を書きながらむぅっと真っ赤に染まった帳面を睨み付けた。帳面にはその月に購入した物、支払いの内容等が事細かく書かれていて、その全てが数字の横にマイナスと書かれている。
あ~どうしよう……。そう独り言の様に吐いた言葉を、少年──神田トナミは我関せずと言った風に「大変だねぇ」と返事を返し、そのまままた視線を雑誌へと戻してしまう。
「って、お前な。この一大事に大変だねぇって何だ大変だねぇって!」
トナミからポテチと雑誌を取り上げると 「ああっ、俺のポテチ!」 と批難の声が上がった。
「こっちはほぼ飲まず食わずの生活してるっつーのに目の前でポリポリバリバリ食いやがって!」
取り返そうと腕を伸ばすトナミの手を避けながら、袋の中のポテチをガツガツと全て口の中に押し込んだ。うん、やっぱポテチはカ○ビーだよななんて一人頷く。
「うわっひっでー貴文! まだ半分も食べてないのにっ」
「やかましい! 食いたきゃ仕事とってこい!!」
取り上げたポテチの代わりに真っ赤に染まった帳面を顔に押し付けてやる。これが見えねぇとはいわせないぞ。
つっかみあいなる直前、部屋と廊下を繋ぐドアが開かれ一人の少女が迷惑そうに歪めた顔を覗かせる。
「ちょっとなんの騒ぎよ。表まで丸きこえなんだけど」
「あ、ななみ。てか聞いてくれよ貴文がさぁ」
「うるっさいわね、気安く近寄らないでよバカ猫」
「にゃにおぅっ?」
彼女は志劉ななみ。うちの事務所で唯一の女の子タレントだ。彼女には二歳うえの兄貴がいるんだが、それはまた後日紹介すると言うことで。
「お帰りななみ。お疲れさん」
ひらひらと手を振りながら自分の座っていた場所を彼女に空け渡す。ななみはソファーに深く腰掛けるとスラリとした長い足を組ながら「で?」と口を開いた。
「何が足りないって?」
「あ?」
「今言ってたじゃない。足りないって」
「あぁ返済金だよ来月分の。お前達の出演料とかCDの販売代とか計算してたんだけどさ……」
俺は先程トナミの顔面に押し付けたページを再度開くと、ななみの目の前に掲げ深いため息をつき項垂れた。
「赤字。完璧な赤字」
「うぅわ~」
大きな瞳を更に見開きながら苦笑いを見せるななみに、俺はもう一度今度は軽く息をつく。
「なに、そんな安いわけ? うちらの出演料って」
「いや、それなりにはもらってんだけど、ビルの維持費とか光熱費とかお前らへの給料とかさ。そんなん差し引いたらやっぱなぁ……」
後は親父が作った借金の返済にテレビ局の人らとの会合の食事代。タレントの売り込みに使う写真とかの宣伝材料の製作。挙げ出したらきりがない。
「別にいいわよ、うちらへの給料なんて。 先に支払いが優先でしょ?」
「ん~そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱ大変じゃんタレント家業って。それなりの見返りは渡さなきゃな。タレントあってのうちで すから」
「バーカ。何かっこつけてんのよ。大変な時は仕方ないでしょ? ここ潰れたらあたしだって困るんだから」
「うん……そうだけどさ……」
親父が姿をくらましてから早2ヶ月。 何とかこの2ヶ月はやってこれたけど、ハッキリ言って苦しい。あぁ苦しいともさ。
じいちゃんの代には200人もいた所属タレント達は親父に愛想つかして他事務所に移っちまって、今じゃたったの七人。5人組アイドル歌手と兄妹ユニット歌手のみ。しかも全員出だしの新人と来たもんだ。
やっぱ何かアルバイトしようかなぁ。
「美月にも三ヶ月給料待ってもらってるし、いい加減払わないとヤバイよなぁ」
「え!? 美月タダ働きなの!?」
ポツリと呟いた言葉に声を上げたのはななみ。目をパチクリと瞬かせて信じらんないと続ける。
「あの腹黒がよく黙って了承してるわね」
「あぁ、まぁ、うん、だよな」
「何、何で? 何か貢ぎ物でもした?」
この話には流石のトナミも興味を示したのか会話に加わってくる。
貢ぎ物ってあいつは悪魔かなんかかよ。
「えーっと実は、だな」
「実は?」
返しながらななみの顔がずずぃっと近付いてくる。てか近い、近いって。
「やー、まぁ別に大したことはしてないんだけど~……」
「何よ、ナヨナヨしいわね。ハッキリ言いなさいようっとうしい!」
ななみの一喝に、俺は苦笑いを浮かべ 「……土下座、した」と小さく答える。
「どげ、ざ?」
ぽかんとした表情で聞き返してくるトナミにコクりと頷く。
「給料待ってくださいって、ダメ元で頼んでみた」
「で、あいつなんて答えた訳?」
「一年分くらいまでなら待ってくれるって、さ」
にへらと笑みをもらせば、ななみとトナミが同時に溜め息をついた。そして真剣な眼差しで互いに向き合う。
「ななみ、何か宛ある?」
「そうね、兄ちゃんにちょっと蓄えないか聞いてみるわ」
「じゃあ俺鈴あんちゃんに聞いてみるから」
「ええ、そうね」
宛? 蓄え? なんの話してんだこいつら。
「お、おいお前らなんの話をして……」
「貴文、とりあえず俺ら美月の給料作ってくるから」
「は?」
「まったくもー世話の焼ける社長ね、悪魔に魂売ってどうするってのよ」
「あ、悪魔!?」
二人は交互にわけわからないことを口走りながら事務所を出ていってしまう。後に残された俺はといえば状況を把握出来ずにぱちくりと目を瞬かせるだけ。
けど最後にななみが口にした「悪魔に魂売ってどうするってのよ」って……。
「悪魔……?」
一瞬背筋に寒気を感じ、俺はぶるりと肩を揺らした。
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