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「お仕事中にすみません」
「え、エリック様!?」
キッチンを覗くと、食欲をそそる香りが広がる。
夕飯の仕込み中だったのか、料理人のゼンが驚いた様子でこちらを見た。
肩まである赤髪を一本に縛り、腰に手を当てながら鍋を混ぜる様は、まだ若いのに一流の料理人のようだ。
というか、この屋敷の料理長である。初めて紹介された時はとても驚いた。
若いのに腕が立つと業界では有名らしい。
少しつり目で近寄りがたいところはあるが、身長も高くスマートで顔も美形なので、とても人気があるらしい(ミザリー情報)。
この屋敷に来て思ったが、ここは美形が集まる屋敷か何かだろうか。
「ゼンさん、ちょっとお願いがあるのですが、サンドイッチの材料ってありますか?」
事前に書いておいた材料のメモを渡す。
ゼンさんは鍋を他のスタッフに任せると、冷蔵庫や戸棚など、いくつかの場所から材料を探し始めた。
「すみません。これとこれは丁度切れてるみたいでないです。急ぎで必要なら買出しに行かせますがどうしますか?」
「あっ、大丈夫です。お仕事の邪魔になってしまうので、自分で行きます。メアリー、街に行く準備を」
早速出掛けようとした瞬間、左手をゼンさんに掴まれた。
「エリック様、状況がよくわからないのですが、貴方はここの奥方様ですよ?買い出しなんて使用人のすることなので、こちらでお待ち下さい」
「いえ、街も一度見てみたいと思っていたので大丈夫です。お気になさらずに」
ゼンさんは眉間にシワを寄せると大きなため息をついた。
何か変なことを言っただろうか。
笑顔を向けられたと思ったら、側にいるメアリーを睨んだ。
「おい、メアリー!お前侍女のくせに何やってるんだ!エリック様を全力で止めろ」
「で、ですが!シド様のためにお料理をされるとのことだったので」
メアリーがオロオロと慌てる様子を見て、さらにゼンさんは大きなため息をつく。
「シド様のためにサンドイッチを作るのですか?」
「はい…あっ、後ほどキッチンをお貸し頂けるとありがたいのですが…」
しまった。キッチンの使用許可を貰うのを忘れていた。ゼンさんはその事で怒っているのかもしれない。
「買い出しには俺が付き添う。せっかくなら美味しい材料を買えた方がいいでしょう。目利きは任せてください。お前らは、滞りなく夕飯の準備しとけよ」
グレーのコック服を脱いで、俺の手から再度メモをとると自分のパンツのポケットに入れる。
「ゼンさん、すみません。ありがとうございます」
「何かあったら困りますので。それと、俺には敬語は結構です、貴方はシド様の奥方様なのだからもっと堂々としてください」
「では、ゼンさんも敬語はいらないです。お互いに敬語を外すという条件なら、俺も言うことを聞きましょう」
そういうと、ゼンさんは呆れた様な顔をした後にフッと小さく笑った。
「お前ホントに公爵家の長男かよ。それとも人間ってこれが普通なわけ?シド様とアルフ様の前以外なら、敬語なしにしてやるよ」
「ありがとうゼン、そっちの方がなんかゼンぽくていいね」
ニコリと微笑むとゼンは少し顔を赤らめて笑った。
「えー!ゼンだけずるいですよー!私も!私も!もっとエリック様とお近づきになりたいです」
メアリーが俺の手を取りウルウルした瞳でこちらを見る。
「エリック。メアリーは侍女としての自覚がなさすぎるから、そのままの方がいいと思う。それと、こいつの姿勢を正すために、お前は敬語禁止」
ゼンが俺の手を握っているメアリーの手を離すと、そのままメアリーの頭にチョップをかました。
この2人はかなり仲がいいみたいだ。
ちょっと羨ましいなと思い、笑って見てると、メアリーに泣きつかれた。
*
街に出ると夕飯の買い出し客などで賑わっているのか、人が沢山集まっていた。
道の所々では、魔力を使った小さなショーをやっているようで、人だかりが見える。
そして、美食の街なだけあって、道を歩くだけで良い香りが漂ってくる。
「ここにいるだけで一日中楽しめそうだね」
いろんなものに目移りして、思わず立ち止まっていると、ゼンが俺の右手を引っ張った。
「ほら、迷子になるだろうが。しっかり掴まっとけ」
「ごめん、凄く賑やかだからつい」
17歳になって手を繋ぐなんて、なんだか自分が子どもになったような気がして少し恥ずかしいが、ゼンの優しさがちょっぴり嬉しかった。
「ちょっと、ゼン。エリック様の許可をもらったからって慣れ慣れしいと思います」
「方向音痴のお前がそれ言うのかよ。俺が先導しないと、目的の場所に辿り着けないだろうが」
メアリーって方向音痴だったんだ。
想像通りと言えば、想像通りだけれども……
メアリーを見ると頬を膨らましてご立腹のようであった。恐らく、本人も自覚している短所なのだろう。
「えーと、シェロックの実とフンバの肉だよな。どっちも行きつけの店があるからそこ行くか」
手慣れた様子でどんどん進んでいくゼン。
手を繋いでなければ後をついていくことはできなかったかもしれない。
それくらいに混雑している。
メアリーはなんとか付いてきてるようだが、大丈夫だろうか。
少し心配になった。
「あら、ゼンじゃない、いらっしゃい。この時間に買い出しかい?珍しいねーそれに…」
店に着くと、ゼンと顔見知りなのか、店番の女性がすぐに話しかけてきた。
そして、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「可愛い子2人も連れて、両手に花だねー。イケメンは1人じゃ物足りないのかい?贅沢だねぇ」
「うっせーよ、ババア」
「こら、ゼン!女性にそんなこと言うのは失礼だよ」
空いてる方の手でコツンとゼンの頭を叩くと、ゼンは大きなため息をついた。
「ごめんなさい、お姉さん。シェロックの実を一つ頂きたいのですが、ありますか?」
笑顔で尋ねると、店番の女性が頬を赤らめた。
「お姉さんってアタシのことかい?…人間の男は対象外だったけど、いいかもしれないねぇ」
「お前結婚してるだろうが」
「ゼンも見習ったらどうだい?今日は可愛らしいお兄さんのために、シェロックの実を一つおまけしておくからね」
そう言って袋にシェロックの実を二つ入れてくれた。今日はラッキーだったかもしれない。
シェロックの実は、料理の香り付で隠し味として使用されることが多いが、甘い果実のため、そのまま食べるのもとても美味しい。
オマケの方は、今日の夕飯のデザートとして、あとでゼンに出してもらおう。
「次はフンバの肉だな…ってメアリーどこ行った?」
先程の店から少し歩いた所で、メアリーの姿が見えなくなってしまった。
人混みに流されてしまったのだろうか。
不安になり探そうと、ゼンの手を一瞬ほどいたら、すぐさま右手を掴まれた。
「エリックが迷子になったら大変だろうが。メアリーなら迷子慣れしてるし、土地勘はあるから大丈夫だ。俺の行きつけの店も把握してるから、店の店主に伝言残せば問題ない」
「それならいいけど…大丈夫かな?」
ゼンに言われるがままに肉屋に連れてかれると、先程の果物屋の女性のように、ゼンは店主にからかわれていた。
ゼンが誰かとこうやって買い物に来るのは珍しいようだ。
「エリック…お前人をたらしこむ天才だな」
ゼンが沢山の荷物を見ながら苦笑いをする。
「えっ…そんなことないと思うけど。普通に会話してただけだよね?」
確かに目当ての店以外でもサービスと言われ、色々もらったけれども……
きっと今日はラッキーな1日だったのであろう。
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