アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
7
-
「ごめんねー、お待たせしちゃって。」
ママが他の客の相手を終えて戻って来た。
「ママ、ホクロがズレてる。」
「え、どこどこ、あらやだ。」
コンパクトを出して口元のつけぼくろを鼻の下をのばして付け直すと、
「奥様は魔女」のサマンサみたいに唇を器用にふるわせて
「これでよし。」と頷く。
「で、ジョーちゃん、恋の相手って、その男の子なの?」
「え、何?なんの話?? 」マコちゃんが目をぱちくりさせた。
「昔の話をね、ちょっと。」
「えーーー、ママ、ワタシも聞いていい?」
ママが目で俺に同意を求めて来た。
「いいけど。そんな期待しないでよ。」
「やったー。」
ママとマコちゃんにぐっと身を乗り出されて、俺は思わず咳払いをした。
藤川はまだ新人だったので、劇団での仕事も裏方ばかりだった。
それでもそこらでウロウロしていると、どうしても視界に入ってきてしまう。
恥ずかしいところを見られた、っていうのもあるし、
まっすぐな眼差しにちょっと感動したっていうのもある。
あれから、歳を聞いたらまだ19歳だった。
気にして見てるいと、仕事の事で気がつくこともあるし、それを注意してやればまた反応がある。
演技練習のときもつい見てしまうから、助言もするハメになる。
いつのまにか、彼は俺の舎弟みたいになって、しょっちゅう後ろをついて歩くようになっていた。
「ホラ、これさ、裾の長さが中途半端なんだよ。」
「ほんまですね、これやと動きにくいですよね。ちょっと切りますか?」
「うん、そうだなー」
藤川が一番得意としたのは舞台衣装だった。
裁縫なんかほとんど経験がないと言っていたのに、すぐにコツを憶えて、
役者が動きやすいようにアレンジしなおしたり、時には新しく作って来たりもした。
神社の祭日に市がたつと、アンティークの着物や生地が手に入るので、
劇団員で見に行ったりするのだがそんなときも率先してかけずり回っていた。
「丈さん、今度の舞台、こんなんどうですか。」
「これ、ヒロインが着たらいいと思うんですけど。」
いつのまにか、劇団員それぞれに似合う衣装を探し出してきたりして、驚くこともあった。
「お前、人のこともいいけど、自分の見せ方とか、考えないの。 役者の卵として。」
ある日、そう聞いてみると、藤川は怪訝そうな顔をして、
「僕ですか。僕は別にええです。」と言った。
気にかかったので改まって、
「そもそもなんで劇団に入ったの。最初から裏方志望なの。」
と尋ねると、少し考えこんでから、
「僕、この顔で、ええことひとつもないんですよ。」と言った。
「え」
「普通にしてても、怒ってんの?って聞かれるし、目が合うただけで喧嘩売ってる、って
いわれるし。
何回も絡まれました。 バイトの面接も絶対落ちるんですよ。」
「あ、ああ・・・たいへんだね。」コメントのしようがないな。
「・・・・自分やない、誰かになりたかったんかな」
声に翳りを感じて、藤川の顔をまじまじと見た。
前髪の隙間から覗く目が、遠くを見ていた。
「でもわからへんのです。正直なところ。演技とか、全然自信ないし。」
「うん。」
「今はみんなの衣装考えたりとか、すごい楽しいんですけど。」
「・・・自信とか、俺だってないよ。」
「丈さんが?」
「ああ。こないだオーディション落ちたしさ。容姿だって十人並みだし。」
「丈さんカッコいいス。」
腕を伸ばして藤川の頭をくしゃっと撫でた。「サンキュー。」
「俺、藤川はいい役者になると思うよ。観察力もあるし、
目ぢからは充分すぎるくらいあるし。それに、なにより・・・。」
頭に載せた手で、額と目にかかってる長い髪をかきあげた。
藤川はされるがままでじっと俺を見ている。
「お前、人間が好きだろ。人を演じるのに、やっぱ人嫌いじゃやれないと思うんだよ。」
「はい。」
「でもお前は、人のまえに、自分のこと、もうちょっと好きになれ。」
「自分・・・ですか。」
「そ。自分に自信ないからこんな髪で顔隠して ミステリアスぶっちゃってんだろ。」
「え、ぶってはないです・・・けど。 たしかに顔は・・見えへんほうがラク・・かなって。」
「まあな。お前の顔みたらまあ9割が誤解するだろうな。」
髪を撫でながらそういうと、藤川は怒るでもなく、あきらめの色を目に浮かべて笑った。
「でも、少なくとも俺は藤川といて気分がいいし、いいやつだと思うけどな。
そんなんじゃだめなの。」
藤川は一瞬ひるんだような顔をして、すぐに俯いた。
「だめ・・じゃないです。すごいうれしいです。」
「1割でいいじゃん。そうやってちょっとづつ、わかってくれるやつ
増やしていったらいいんじゃない。そんな、万人にウケなくてもさ。」
「はい。」
光が差したような表情で、素直に頷く。
そうそう、それがオマエのいいとこだよ。
「もうちょっと自分に自信がついたら、髪、切ってやるよ。」
「いや、床屋行きますよ」
「おい!なんだよそれ。 俺、上手いんだぜ?」
今度は両手で髪をぐちゃぐちゃにしてやった。
「わっ・・・ホンマですか?」
「まかせとけ。オトコマエにしてやる。」
「ん・・・・。じゃあ、はい。」
にっこり笑って頷いた後で、藤川はふと、付け加えるように言った。
「僕も、ジョーさん好きです。」
・・・・・・ことん。
あれ。
今、なんか胸のあたりでナニかがこけたな。
藤川の髪に手を埋めたまま、俺はしばらく動きをとめた。
なんだ。今の。
妙な気分がした。なつかしい、しばらく忘れていたような、ときめき。
ときめき?
いや。
ないないないない。
俺はストレートだし。
それは絶対に、ない。
でも、世の中に「絶対」がないことを、俺は思い知らされることになる。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
7 / 47