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ひとしきり泣いて、二人ともちょっと落ち着いてから、
濡らしたタオルをレンジでチンして、蒸しタオルを作った。
藤川の前にかがんで、顔を拭いてやる。酷い顔。
ちょっと笑えた。
「なんで笑うんですか。」鼻声で抗議。
「ごめん。前髪切るから、目つぶっとけ。」
おとなしく目を閉じた藤川のあごを、少し上にあげる。
泣きはらした目の周りが赤くなって、睫毛がまだつややかに潤んでいた。
はさみを当てると、すこし瞼が震えた。眉にぎりぎりかかるくらいの長さに切る。
今度はお互い黙りこくって、ただ、ハサミの音だけを聞きながら過ごした。
少し梳いて軽くする。切った髪が唇に付いたので、指ではらってやる。
唇に指が触れた瞬間、またきゅんとした痛みが、俺の胸を襲った。
「藤川」
彼に向かい合うようにしゃがむと、椅子に座った藤川を少し見上げる形になる。
「はい。」ゆっくり、藤川が目を開けて俺を見た。
「俺、全部捨てて帰る。大事なもの、全部だ。命とひきかえだから、仕方ない。」
「・・・・はい。」
「俺、頑張るよ。頑張って、次の桜見てやる。だから、お前も頑張れ。」
「はい。」声が震えている。瞼がまた赤みを帯びて来た。
「泣くな。お前はいい役者になれる。役者やめるな。ずっと続けてくれ。」
「はい。」
「俺のことは忘れろ。」
「え?」
「俺も忘れる。見送りにもくるな。うちに会いになんか絶対にくるな。電話もだ。」
「な、なんでですか?」
「お前の声を聞いたら京都に戻りたくなる。顔を見たらまた舞台に立ちたくなる。
お前だってそうだ。俺が電話で泣き言いったら、お前はきっと芝居が手に
つかなくなる。」
「・・・・・。」
「もう、俺たちのいく道は別れたんだよ、藤川。」
そういって頭をくしゃっとなでると、切った髪がはらはらと落ちて来た。
いつも、素直な返事を返していた藤川が、俺の最後の言葉にはついに、
「はい」と言わなかった。
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