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そっと身支度を整えて台所に行くと、藤川の母親が朝食の支度をしていた。
「あら、もう?」驚いて藤川を起こしに行こうとするのを俺はとどめた。
「もう、別れは済んでいますから。お世話になりました。」
母親は「でも・・・。」とためらっていたが、
「ほな、碧にはわたしから。」と言ってくれた。
「大丈夫。きっとようなります。」
そう言ってくれた母親に頭をさげて、俺は藤川家を後にした。
京都駅の八条口から新幹線ホームに上がる。ほどなく、列車がやって来た。
列車のドアが開くのと、階段を駆け上がってくる藤川が見えたのが同時だった。
そのまま人混みにまぎれて車中の人になる。
泣きそうな顔でホームを駆けながら俺を捜している藤川の姿を、窓越しに見た。
あーあ、ひどい寝癖。目覚めて着替えもそこそこに駆け出してきたんだな。
目の前に降りて行って、また両手でくしゃくしゃにしてやりたかった。
「でももう、道は別れたんだ。」
前に藤川に言った言葉を、もう一度自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
もうお前の前を、俺は歩けないんだ。
発車のベルと同時に、すべるように列車が動き出した。
俺を見つけ出せずに立ちすくむ藤川を視界から消えてしまうまで見ていた。
ホームを離れ、京都の町並みさえあっという間に後ろに飛ばしながら列車は進んだ。
生まれ故郷に帰るなんて気がしなかった。
藤川にはあんな風に言ったけど、あんまり頑張れる気もしなかった。
ただただ、喪失感にうちひしがれて、俺はこの街に帰って来た。
「丈ちゃんとは病院で知り合ったのよね。」ママが言った。
「え、そうだったんですか。」
「うん。ママは常連さんのお見舞いで来てたんだけどね。」
「そりゃまあ、あんときの丈ちゃんは、 棺桶に片足つっこんでるような感じだったからね。」
「ああ、半分以上死んでたね。」
こんな話を、笑いながらできる日がくるなんて、あのときはほんとに思ってなかった。
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