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6年ぶりか。故郷の駅前の風景は、あまり変わっていなかった。
カバンひとつを下げて改札をぬけると、「サエキ文具」の店名の入った車が目に入った。
運転席の親父と目があう。・・・少し老けたな。
俺は黙って他人行儀な会釈をすると、開けてくれたトランクにカバンを入れて、
黙ったまま助手席に乗ってシートベルトをした。
親父も黙って、車を出した。
気まずい。とてつもなく気まずい。
みっつめの信号で止まったとき、親父がぼそりと
「紹介状はもらってきたのか」と訊いてきた。
「うん。」俺は前を見たまま小さく返事した。
またしばらく沈黙が続く。
やっぱり、これから世話かけるんだし、こっちからちゃんと挨拶したほうが・・と考えていると、
「市立病院はな、近くて通いやすいんだが、あまり評判が良くないらしい。」
と、またぼそり。
「・・・・?」
信号が変わり、また車が動き出した。
「ちょっと通院がたいへんだが・・・中央総合のほうが医者も設備もいいらしい。」
「・・・・・。」
「まあ、あと、昔から世話になってる森山先生な、先生にも話しておいたから、
いろいろ相談にのってくれるだろ。」
とことんぶっきらぼうに続ける。
「親父・・・。」
きっと、あちこち人に聞いて、調べてくれたんだ。
あんな、捨て台詞のこして家を飛び出したのに。
『クソオヤジ。こんな家こっちから捨ててやるよ!つまんねえ文房具屋なんか。』
泣きそうになって窓のほうに顔を背けた。
「・・・・テレビ出てたな。」
「え・・・。」小さな役だったから、友人すら見落としたといってたのに。
「かあさんが近所中に触れ回ったからな。お前有名人だぞ。」初めて口調が和らいだ。
「よく、気付いたな。ちょっとしか映ってなかったろ・・・。」
「劇団のホームページな。あれに載ってたから。」
「あ。」
当劇団ホープ!佐伯丈太郎出演!!そんなタイトルで番組の紹介が載ってたっけ。
それにしたって、ホームページを親父が見てたとは。
「録画して何回も見た。・・・・かあさんがな。」
「うん・・・。」
会話が途切れる。再びの沈黙。 でも、はじめのような気まずさは感じない。
俺は、窓の外を流れる故郷の景色が、ゆるゆると俺たち二人を父子に戻していってくれるのを、
揺れる車内でしばらくただ、味わっていた。
この橋を渡ればうちが見えて来る・・・と思った時、またぼそりと親父がつぶやいた。
「早く体、治さないとな・・・。」
「うん。・・・迷惑かけてごめん。」
やっとそれだけ、親父の方を向いて素直に言えた。
ほんとうはもっともっと謝りたいことがあるけど、泣きそうだから今日は勘弁してくれ。
すぐに「サエキ文具」の看板がみえた。店舗の奥が住まいになっている。
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