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中は、一面の薄紅だった。
手のひらに受けると、封筒からあふれるように、さくら・・・・。
「まあ。」おふくろが驚いて声をあげた。
とたんに、あの日の光景がよみがえった。藤川の髪を切った日。
『俺、頑張るよ。頑張って、次の桜見てやる。だから、お前も頑張れ。』
はっとして今歩いて来た川沿いの道を見直した。
川の土手に、整然と並んで枝を揺らしている桜の枝が、ちらほらではあるが、
薄紅をまとっている。
このまま何もしなければ、見られないと言われてた桜。
治療が辛くて気付かなかった。
下ばかり向いて歩いてた。
何も見ていなかった。
俺の知らないあいだに季節は巡り、
その中で俺は生かされて。
そう。
俺は生きて、桜を見てた。
「かあさん。桜が咲いてる。」
「えっ?」
俺はおふくろの手を取ってもう一度言った。
「桜が、咲いてる。」
「う、うん・・・。そう・・・ねえ。」
『あんたはないの?良くなったらこうしたいとか、なんか目標みたいの。』
さっきの鏡獅子の言葉を思い出した。
希望なんて何もないと思っていた。
あしたはこないかもと思っていた。
でも。
1年前のちいさな望みは、とっくにもう、叶っていたんだ。
あいつはいつもそうだ。
俺が忘れてることを思い出させてくれる。
部屋に戻ってから、封筒の中ををもう一度見てみると、
桜の花びらにちいさな紙片が埋もれていた。
取り出してみると、宛名と同じ不格好な字が並んでいた。
「手紙だったらいいですか。」
「はは。」
思わず笑い声が漏れた。
なんだか久しぶりに笑った気がした。
そして笑いとともに、ぽろぽろと涙が落ちた。
逢いにくるな、電話も掛けるなといわれて、あいつ一生懸命考えたんだろうな。
ばか。
忘れろって言ったのに。
でも俺も同じだった。
封筒ごと、京都の桜を抱きしめた。
忘れてなんかいない。忘れたくなんかない。
ほんとはずっと。
ずっとお前に逢いたくて。
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