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最初のうち彼は俺に気をつかって、芝居のことには触れなかったのだが、
俺が聞きたい、と水を向けたら堰をきったように饒舌な文を送りつけて来た。
まあ、語彙は相変わらず少なかったけど。
彼の芝居への情熱が、まぶしくて懐かしかった。
自分だって、今でも役者への未練はあるけれど、どこか、そう・・・
CMのフレーズを借りるなら「遠い日の花火」みたいな感じだったから。
男ふたりの文通は、どちらも筆まめじゃなかったから、
年に1、2回、ってところか。
年賀状だけの年もあったと思う。でも、それで充分だった。
一度は失ったと思っていた繋がりだから、それが細い細い糸のようなものでも、
俺には愛おしかった。
「おおや?ちょっと目に力が戻って来たわね。」
俺の変化にいち早く気付いて、そう言ってくれた鏡獅子・・・もう、ママでいいか。は、
それからしばらくしてぷっつり病院で見かけなくなった。
「上条さん」が亡くなったらしい。
体調のいい日に、マッチを頼りに店に行ってみると、俺の顔をみるなり大泣きされた。
「上条さん」を思い出したのと、俺が心配して来てくれたのが嬉しいと言ってまた泣いた。
今思えば、ママの術数にはまったのだと思うが、ここのところ人に心配されるばっかりだった俺が、人に喜んでもらえたのが嬉しくて、それからぽつぽつ、店に顔を出すようになった。
店の人たちはみんな楽しくて、酒を飲めない病人の俺をいやがらずにもてなしてくれたし、
なにより藤川への便りに、書く事が増えて助かった。
外に出て歩き、人と話し、笑い、それがどれほど生きる力になるか、
今振り返ればはっきりとわかる。
もちろん、調子のいい日ばかりではなかった。
一日布団から出られないこともあったし、
トイレで寝ようか、と思う程吐き気が止まらないこともあった。
それでも一日一日、ほんとうに少しずつ、薄皮をはぐように、
俺は生気を取り戻していった。
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