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それからしばらく、ママとマコちゃんを交えて、他愛ない話が続いた。
藤川の、ドラマ撮影の裏話も面白かったし、
彼も俺が店の仕事で親父にシゴかれた話を喜んで聞いた。
「だって丈さんが、だれかにシゴかれるとか、新鮮ですよ。」
「うるさいよ。」
でもふと話題がとぎれたとき、藤川はグラスを空けると、
おかわりを作ろうとしたママの手を止めて、
「ママさん。ありがとうございます。」と真面目な声で言った。
「えっ。」
「丈さんの手紙には、いっぺんも辛いとか苦しいとか、書いてなかったんです。
でも病気やったのに、そんなはずないと思って。きっと、俺が心配するから、
そんで書かへんかったんやと思うんです。」
「・・・・。」
「ママさんが、そういうの、聞いてくれたはったんとちゃいますか。」
「藤川。」
「丈さんも。」今度は俺の方を向いて言った。
「ほんまに、生きててくれて、ありがとう。」
とっさに返す言葉が浮かばなかった。
だが藤川は、それだけ言うと満足そうに、テーブルのおつまみを口に放り込んだ。
「ママさん、これ旨い。」「まだあるわよ。どんどん召し上がって。」
俺がこいつを気遣って、弱音を吐かなかったんじゃない。
たぶん俺は、弱気でみっともない自分を見せたくなくて、それで平気なふりをしてただけなんだ。
でも、そんなのとっくにバレてたんだな。
俺が苦しんでいる間、なにも知らずに京都で芝居に打ち込んでいると思っていた
藤川にだって、屈託がなかったと考えるのは俺の傲慢だった。
あの日。新幹線のホームで、こいつは俺の名を呼んだのかもしれない。
そして、返事はかえらなかった。
もしもあのまま、俺の命が尽きていたら、彼にどれほど深い傷を負わせていたか。
ほんとだ。生きててよかった。生きて会えてほんとによかった。
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