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怒りと決心
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部屋の扉だけでなく、玄関の扉が閉まる音まで聞こえた。
「あんた、いったい何考えて···!!」
唇を手の甲で拭いながら睨み付けると、篠崎さんも同じように自分の口を拭っていた。
「言ったでしょ、邪魔するって。俺から兄さんを奪ったんだから、覚悟してもらわないと。」
ニヤッと笑った篠崎さんに、殴りたい衝動に駆られる。
拳を握りしめそれを我慢すると、俺は立ち上がり篠崎さんを見下ろした。
今ここでこの人と言い合っている場合ではない。
早く悠さんを追いかけないと。
部屋を出ていこうとしたその時、「兄さん足速いから、頑張って。」と声が聞こえた。
急いで階段を駆け降りる。
最後の数段は手摺に手を掛け飛び越え、走り出そうとした···その時。
後ろから腕を捕まれ引っ張られた。
咄嗟のことにバランスを崩し身体がよろめく。
そして、
「んっ!」
壁に押し付けられ、その姿を認識した瞬間には口付けられていた。
「····ッ、ハッ、悠さ、」
暖かい唇が触れ、名前を呼ぼうと開いた口に舌が差し込まれた。
舌先が触れ··絡まる。
悠さんからのキスに一気に身体が熱くなった。
「ンッ···ハア、蒼牙··」
やがて唇が離れ、押さえ付けていた腕の力が抜ける。
「ダメ、まだ離れないで···」
離れようとした身体を今度は俺から抱き寄せ、深く口付けた。
互いの唾液が混ざり合い、それを飲み込む。
クチュクチュと音をたて何度も角度を変えては、貪るように重ねていった。
背中に回された手が服を掴む。
それはまるですがっているかのようで···抱き締める腕に力を込めた。
「···ん、」
悠さんの身体が震え始めたころ、俺はやっと唇を解放した。
長い口付けに力が抜けたのか、悠さんは俺に項垂れかかり息を整えている。
抱き締めたままその甘くて愛しい香りを吸い込むと、俺は大きく安堵の溜め息を吐いた。
···良かった、香水の匂いがしない。
肩に頭を乗せた悠さんに鼻先を擦り寄せる。
「···蒼牙、」
「はい。」
甘い雰囲気とは反対に、名前を呼ぶ悠さんの声は少し怒っているようにも聞こえた。
「··さっきのはなんだ。説明しろ。」
「····すみません··」
悠さんの言葉に俺は謝ることしか出来なかった。
いったい、どう説明すれば良いのか。
「貴方と付き合うことを邪魔する、そう言われました···」
上手い言葉なんか出てこない。
言われたことを伝えるのが精一杯だった。
「···そうか。」
俺の言葉を聞いた悠さんはそう言うと、意外にもそのまま黙ってしまう。
暫く沈黙が続いた後「蒼牙、」と口を開くと、何かを決心したような顔で俺を見た。
「悪い、今日は帰ってくれ。」
「でも、」
「大丈夫、明日ちゃんと話すから。だから今日は帰ってくれ。」
そう言って悠さんは腕から抜け出すと、ぐっと俺を引き寄せてもう一度口付けた。
触れるだけの口付けはすぐに離れ、ニッと俺を安心させるような笑顔を見せる。
「···わかりました。でも、一つだけ確認させてください。」
俺は悠さんの首筋を撫でると、身体を寄せてうなじに視線を落とした。
···やっぱりか。
そこにはうっすらと赤いキスマークが付いていた。
『···兄さんのうなじって綺麗だよね。流石に我慢できなかったよ。それと耳。あんなに弱いとは思わなかった。』
篠崎さんの囁きを思い出し、あの言葉がただの売り言葉ではなかったことに怒りが込み上げてくる。
「···ッ、あまり見るな。」
悠さんも気付いていたのだろう。
その隠そうとする仕草が、余計に俺を苛立たせた。
俺の眉間のシワが深くなるのを悠さんが申し訳なさそうに見上げてくる。
俺は深い溜め息を落とし、なんとか気持ちを落ち着かせる努力をした。
「ごめんな、蒼牙。」
「···いいです。明日ちゃんと説明してもらいますから。でも、」
俺は悠さんの目を真っ直ぐに見つめると、声を落として続けた。
「これ以上悠さんに何かあったら、いくら貴方の弟でも許しません。」
俺が本気だと伝わったのか悠さんは「分かった。」
と頷くと、踵を返して階段に向かって歩き始めた。
本当は今すぐにあの身体を抱き締め、めちゃくちゃにしたい。
朝まで腕の中に閉じ込めておきたい。
そんな自分の際限のない欲望と独占欲に呆れてしまう。
でも··それが本心だ。
「悠さん」
階段を登っていくその後ろ姿にもう一度声を掛けた。
ゆっくりと振り向いた悠さんは、目線で『なんだ?』と問うてくる。
「···愛してます。」
心からの言葉を伝えると、
「知ってるよ、俺も同じだから。」
綺麗に微笑みながら返してくれる。
そうして悠さんは、もう振り向くことなく部屋に帰っていったー。
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