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「起きろっ!」
低く掠れた声が僕の眠りを遮った。
大きくはない声はそれでも僕の目をはっきり目覚めさせるには、十分だった。
隠し部屋の僕の寝床の前に立っていたのは、僕を見つけた男だった。
この男は、あの人の側近で、ここに夜中に訪れるなんて、そんなことは今までになかった。
それに、声は抑えられてはいたけれど、その様子はおかしかった。慌てている、焦っている、戸惑っている、その全てを混ぜ合わせたような感じだった。そして、怒りと哀しみも感じられる。
「早く来いっ」
僕の返事も様子も確認せずに、有無を言わさず引きずられていく。
はじめての出会いの時と同じだ。
そして、連れていかれたのは、やっぱりあの人のところだった。
けれど、豪華な寝台の上で横になるあの人は、明らかにいつもとは違う状態で、そのあまりの酷さに息を飲むほどだった。
これほどまでに、青白い顔をした人がいるのか、というくらい顔色が悪く、そして呼吸はか細く、荒く乱れている。
うっすらと開かれた瞳が僕を確認したのはわかったが、その瞳からは全くといっていいほど輝きが感じられなかった。
「どうされたのですかっ?」
思わず飛びかかるように男に尋ねる。
「数時間前に、大きな発作を起こされた。……もう、手の施しようがないらしい」
男の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
手の施しようがない…それはすなわち、この人の死を意味する。
ふらふらと寝台に近づいていく。
「お、まえ、か…」
掠れた、途切れ途切れの声だった。
あまりにも現実感がなくて、涙も出ない。
「おまえ、は…ぼくに、なれ…」
この人の言っている言葉もよくわからなくて、助けを求めるように男を振り返ると、苦々しい顔で男が言った。
「影、お前は影を辞めることを許されない。このままここで公務を取り仕切るのだ」
このお方が亡くなられたことを知られるわけにはいかない。
重々しく苦しげに男が言うと、目の前の人は、少しだけ表情を緩めた。
とんでもない、話だ。
頭ではそう思った。
出自の知れない僕なんかが、この高貴なこの人の代わりとして生きていくなんて。
けれど、僕の体は自然と動いていた。
頭を深く下げ、恭しく申し出を受けている自分を、遠くで見つめているような気がした。
「僕なんかがお役に立てるのなら、この上ない幸せです」
口ではそう言いながら、心のどこかに暗く歪んだ歓びがあった。
僕がこの人になれば、彼に愛される。
僕が彼の恋人として生きていけることができる。
そんな、浅ましくも卑しい想いが生まれていたのは紛れもない事実だ。
目の前の天に召されようとしているこの人は、僕の気持ちなんて知るはずもなく、ただ嬉しそうな満足したような微笑みを浮かべ、…そして、息を引き取った…
あの人がこの世から姿を消してから2週間。
僕は、とても緊張していた。
今日これから、彼が、来る。
初めて僕があの人として彼と対面するのだ。長く恋い焦がれていた人と接するのだから、緊張するなというほうが無理だ。
「どうしたの?調子でも悪いの?今日はなんだかよそよそしいね」
彼が、寂しそうに僕に問いかける。
一目で見破られるのではないか、という思いはあっさりと裏切られた。彼は、僕とあの人が入れ替わったことに気づいていない。
それでも何かの拍子にバレてしまうのでないかと思うと、迂闊には甘えられなかった。…あの人のように、甘えてみたかったのに。
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