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3.✩俺と彼
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✩✩✩✩
俺について教えてくれると言った男は、時々手が止まりながらも紙につらつらと情報を書き出している。
「大体こんな感じかな。はい」
「ありがとうございます」
受け取った紙に目を落とす。丁寧な字で箇条書きに書かれた情報は、本当に必要最低限のものだけらしい。名前、生年月日、年齢、血液型と続いて、最後に家族構成が書かれていた。最初の四つは既に知っていたから収穫は最後の一つだけ。でも、少しでも俺のことを知っている人がいてくれて良かった。
この人がどこまで知っているのか分からないけど、聞けることは全部聞いておこう。もしかしたら記憶が戻るきっかけになるかもしれないし。それにはまず、この人のことも最低限は知っておく必要があるだろう。
「あの、あなたのことも教えて貰えませんか」
「ん?俺?……ああ、確かにまだ自己紹介してなかったね。ついでに俺のも書いちゃおう」
男はまた紙と向き合う。どうやら口頭で紹介する気はないらしい。俺の情報の横に同じように自分の情報を書き出している。
差し出された紙に書かれた文字をざっと読む。この人の名前は『平坂楓』というらしい。ご丁寧にもちゃんと振り仮名が振ってあった。
「ひらさか、さん」
「『かえで』でいいよ。敬語もなしね。俺たち幼馴染で、小さい頃から一緒にいたから兄弟みたいなもんだし」
「……楓、さん」
「別に呼び捨てでもいいんだけどね」
確かめるように言葉にしてみる。呼び捨てでもいいと言ってくれたけど、まだそこまで親しい関係じゃないのにさすがに失礼だと思ってさん付けを続けることにした。名前を呟くと楓さんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
ああ、この人はこんな風に笑うんだ。
男の俺から見ても整っていると思うその容姿。笑うともっと綺麗だ。
もう一度小さい声で「楓さん」と名前を口に出してみると、心がじんわりと暖かくなった。やっぱりこの人と俺は何か繋がりがあるんだろうか。いや、幼馴染って言ってるし、家に連れて来られた時点で繋がりはあるんだろうけど……。
「他に聞きたいことは?」
「たくさんありますけど……」
「敬語、取れるように頑張ろうね」
「たくさん、あ、あるけど……」
子どもを諭すように柔らかく注意されてすぐに言い直す。砕けた言葉を聞いた楓さんは、納得したように頷いて微笑んでいた。
病院の人たちとはずっと敬語でやり取りをしてたから、誰かとタメ口で話すことに慣れていない。きっと楓さんからしたら、俺に敬語を使われる方が慣れないんだろうな。
「……そうだ、どうして楓さんが迎えに来てくれたの?」
「え、ああ。……それは俺と旭が一緒に住んでるからだよ」
「どこで?」
「ここで」
一緒に住んでる?
俺はここに住んでいたのだろうか。この人と?幼馴染とはいえ、成人男性が二人して?ルームシェアというには広すぎるリビングだし、何せタワーマンションだし、他にも一緒に住んでいる人がいるんだろうか。
そもそも楓さんには今日初めて会った。一緒に住んでる幼馴染が入院したら、普通はお見舞いに来るんじゃないのか。俺が入院していた一ヶ月間、一度も会ったことがないどころか、医者や看護師との会話にも楓さんの存在を匂わせるようなことは出てこなかった。俺が覚えてないだけで実際は、なんて言い出したら何だって肯定できてしまう。
もしかしたらこの人が嘘をついてる可能性だって……絶対にないとは言えない。でもそうしたら病院側もグルということになる。どういうことだ……。
一度疑ってしまったら、また急に不安になってきた。言われるがまま着いてきたけど、本当にこの人を信用していいのだろうか。
「はは、その顔、信じてないでしょ。心外なんだけどなぁ。まあ……それが正しい反応だよね」
「そ、そんなことは……」
「いいよ、ついてきて。一緒に住んでた証拠見せてあげる」
楓さんはそう言うと、きょとんとして動かない俺を視線で促してリビングから出て行った。
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