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5.✩意外と
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✩✩✩✩
『信じてくれた?』
後ろから抱きしめられて囁かれた言葉に背中がゾクゾクッとして、楓さんの吐息が耳にかかって一気に体温が上がった。あ、ち、近すぎる……。今の俺はきっと顔が赤くなってるに違いない。
恥ずかしくて何も言えずにいると、あっさりと背中の体温が離れていった。楓さんは信じてくれなかった仕返しだと言って笑って、びっくりした拍子に俺が落としてしまったアルバムを拾って本棚に戻してくれた。
暴れまわる心臓を落ち着かせようとこっそり深呼吸をする俺を横目に、楓さんは、この部屋は旭の部屋だから好きにしてくれて構わない、全部処分して新しくしようか、なんてすごいことを提案してくれたけど、さすがに断った。記憶が戻るきっかけになるものがあるかもしれないし、なによりこの部屋は落ち着く気がする。
ここで楓さんと一緒に暮らす……。楓さんからしたら同居人が帰ってきただけなのかもしれないけど、病院での生活しか知らない俺からしたら未知の世界だ。正直気が引ける。かといって両親は海外らしいし他に頼れる人もいない。俺には何もないから間違いなく迷惑をかけてしまうけど……。
よろしくお願いしますと頭を下げると優しく髪に触れられた。愛でるように撫でられて恥ずかしかったけど、少しも嫌ではなかった。
どうして抱きしめてきたんだろう。
リビングに戻ってからもずっと頭の中でぐるぐるしている疑問。
楓さんからしたら、ただからかっているだけなのかもしれない。でも抱きしめてきた腕が優しくて、前はこんな風に接してくれていたのかなと思った。
「旭ー。……おーい、あーさーひー?」
「っあ、ごめん、ぼーっとしてた。なに?」
「今日の夕飯、旭が作ってみる?まあ、帰ってきたばかりだし、出来たらでいいんだけど」
「えと……前の俺は料理出来たの?」
前の俺が出来たのなら今の俺にも出来るかもしれない。そうじゃなくても簡単な料理くらいなら出来そうだけど。入院中も料理が出来上がっていく過程が面白くて料理番組をよく見ていたし、分からなければスマホを使って調べればいい。
「うん。お前、料理作るの大好きですごい上手だった」
「なら頑張ってみる。……楓さん、料理は?」
得意そうだけど実際はどうなんだろう。
楓さんは少し考えたあと「まあまあ得意かな」と言った。この人なんでもそつなくこなしそうだしな。そんな感じがする。
俺は楓さんから受け取った紺色のエプロンを着けてさっそくキッチンに立った。楓さんによると、この紺色のエプロンは前の俺のお気に入りだったらしい。
冷蔵庫から材料を出したり道具を準備したりすると料理名だけ告げて、楓さんはリビングに戻って行った。カウンター型になっているからキッチンからでもリビングに居る楓さんは見える。病院からもらってきた書類をテーブルの上に広げて整理しているらしかった。
しばらくすると終わった様で、カウンター越しに声をかけられた。
「旭、あとは任せた。部屋にいるから出来上がったら呼んで。そうそう、この家にあるものは遠慮しないで何でも自由に使っていいからね」
「え、楓さん行っちゃうの?」
「俺も忙しいからね。じゃ、よろしくね」
そう言い残して楓さんはリビングから出ていってしまった。少ししてパタンとドアの閉まる音が聞こえて肩の力を抜く。
仕方ない、一人でやるしかないか。身を置かせてもらっている立場なわけだし、出来ることは可能な限りやろう。
「よし、完成っと……」
楓さんが出ていってからしばらくして、俺は夕飯のオムライスとサラダを作り終えた。体が作り方を覚えていたというか、作り方が自然と思い出せたというか、インターネットで調べなくても作ることができた。味見もちゃんとしたし、我ながら意外といい出来だと思う。料理をリビングのテーブルに運んで楓さんを呼びに行く……つもりだった。
廊下に出てからある事に気づいた。
楓さんの部屋ってどれだろう?
長い廊下にはいくつかドアがある。リビングにも一つドアがあった。一体いくつ部屋があるんだ。
きっと楓さんの部屋は俺の部屋の隣か向かいだろうか。完全に勘だけど、なんとなくそんな気がした。
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