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6.✧俺の
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✧✧✧✧
夕飯作りを旭に丸投げした俺は部屋で仕事をしていた。
俺のやってる仕事は簡単なものなら場所を問わずわりとどこででも出来る。だけど本腰を入れて作業をしたり本格的に打ち込んだりする場合はやっぱり自分が落ち着いて集中が出来る環境の方が捗るから、こうやって仕事部屋に引き籠もって作業をすることの方が多かった。
「……さん、かえでさん………」
微かにドアの向こうから俺を呼ぶ声がした。
旭だ。ここしばらく入院していて家にいなかったから、こうして旭の声が聞こえると懐かしい気持ちになる。やっと帰ってきてくれた。
そのうち入って来るだろうと思って放っておいたけど、一向に入って来る気配は無かった。
あれ、そういえば俺がここにいることを伝えたっけ?部屋にいるとは言ったけど、それがどこなのかは言うのを忘れてしまった。
そうやって考えてる間にも廊下から「楓さん、どこ」と声がする。まるで親を探す迷子みたいだと苦笑しながら、作業データをしっかり保存して席を立った。
「旭」
「あ、楓さん、ここにいたの?」
ドアを開けて廊下に顔を出すと、少し先の所にいた旭が俺に気付いて駆け寄ってきた。「夕飯できたよ」と微笑む旭を抱き締めたくなる気持ちをぐっと堪えて、何でもないようなフリを装う。
「ありがとう。ちゃんと作れた?」
「うん、大丈夫なはず」
「怪我しなかった……ん?どうした?」
「……ここが楓さんの部屋?」
「残念、ここは俺の仕事部屋です。ほら、行こう。ご飯食べ終わったら他の部屋も案内してあげるから」
旭の背中を押してダイニングに戻る。あまり仕事に関する事は知られたくなかった。別にやましいことでは無いけど。もう旭を俺の仕事に巻き込むのはやめようと決めていたから。
ダイニングテーブルには頼んでおいたオムライスとサラダが配膳されていて、帰ってきた時と同じ様に向かい合って席に着いた。また旭の手料理が食べられるなんて。半分諦めていたからすごく嬉しかった。
内心ウキウキしながら「いただきます」と手を合わせて、手作りオムライスをスプーンで掬って口に運ぶ。
「っ!これ……」
「あ……、オムレツの中にコーンとチーズ入れたら美味しいかなって思ってやってみたんだけど……変だったかな……」
「ううん、変じゃない。すごく美味しいよ」
「ならよかった」
オムレツの中のコーンとチーズも、ケチャップライスの味付けも、前の旭が作ってくれたのと全く同じ、俺の大好きな『旭のオムライス』だった。
調べて作ったとしてもここまで同じにはならないだろう。全部忘れていると聞いていたから料理もできるか心配だったけど、途中で助けを求めて来なかったし、やらせてみれば意外とできるのかもしれない。普通に生活していく中で自然に記憶が戻ってくれたら一番いいんだろうけど……。
「ごちそうさま。美味しかったよ。俺、やっぱり旭のオムライス好きだな」
「ふふ、よかった。……前の俺はオムライス作るの上手だったの?」
「そうだね、他の料理も上手だったけど、やっぱりオムライスが一番上手だったかな。……まあ、単に俺のお気に入りっていうのもあるか」
「他の料理も上手く作れるように頑張らなきゃ」
「今日のオムライスの完成度が高かったからね。今のお前がどんな料理を作るのか楽しみだよ」
そう言うと、旭は「なおさら頑張らないとね」と素直に喜んでいた。前の旭には見られなかった反応に少し驚いたけど、喜ぶ旭を見るとこっちまで嬉しくなってくる。
「さて、夕飯を作ってくれたお礼に部屋を案内してあげようか。じゃあまずは、リビングから」
食器の片付けを終えた流れで立ったままそう言うと、俺を見上げる旭は目を丸くしていた。言いたいことは大体予想がつく。ここがリビングだと思っていたんだろう。
「ここがリビングじゃないの?」
「ここはダイニングだよ。リビングはこっち」
旭の手を引いてダイニングの間仕切り壁を移動させる。スライド式のこの壁はリビングとダイニングの間の収納スペースにすっぽり納まるから、二つの部屋が一部屋として繋がる。
「広い、すごい……!こっちがリビングだったんだ?わ、夜景!綺麗……」
子供みたいにはしゃぐ旭。こういうところは変わらないのか。昔からこんな感じだったな。好奇心旺盛で元気なわりに気配りができて……。
記憶をなくした旭が前の旭とは違うということは理解してるのに、面影というか見た目は変わらないからどうしても錯覚してしまう。
何で記憶喪失なんかになっちゃったかな、俺の可愛い旭は。……なんて、どうしようもないことを考えたら今の旭に悪いか。
「旭、次行こう」
これ以上今と前の旭を比べてしまうのが嫌で、夜景に見とれていた旭の手を引いてリビングを後にした。
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