アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
12.✩ベッド
-
✩✩✩✩
俺がこの家に住み始めて――楓さんが言うには帰ってきて二週間が経った。
相変わらず記憶は戻らないけど、楓さんとの同居にもだいぶ慣れてきて何不自由無く生活できている。これも全て楓さんのおかげだ。十分すぎる生活に何一つ不満はない。
……と言いたいところだけど、楓さんに対しての不満が一つだけあった。俺が帰ってきてからずっと、ベッドではなくソファーで寝ているということだ。
昼間、仕事をしている時以外はほとんど俺と一緒にいるのに、寝る時間になると何故かいつも仕事部屋に行ってしまう。実際に仕事の続きをしているんだろうけど、俺が眠った頃合いを見計らってリビングに戻って来て寝ているらしい。
初めのうちは俺がここでの生活に慣れるまで気を遣ってくれているのかと思っていた。でも二週間もそれが続いていると、何か別の理由があるのでは、と思えてならない。一人で寝るには明らかに広いベッドなのに、目覚めると隣には誰もいない。場所が変わっただけで入院していた時と同じだった。
楓さんの家なのに、俺にばかり気を遣って楓さんのやりたいようにできないんだったら居心地が悪い。俺に直せるところがあるなら努力するし、ちゃんと話し合いをして早く解決したい。
何度か話し合おうとしたけど勘が鋭い楓さんはすぐに察して、仕事をするとか買い物に行くとか理由をつけて逃げ出すから、楓さんがそのことに触れて欲しくないと思っているのは明白だった。
逃げられないようにするためには、まず察せられないようにしなくては。毎日のように聞くのがいけないんだと気づいて、少し日にちを開けて諦めたと思わせたところで聞くことにした。
何日間か耐えて様子を伺って、ついに今夜。
楓さんが寛いでいる今がチャンスだと思った。
夕飯もお風呂も済ませて、普段通り各々好きなことをしている。ここ数日、俺がテレビを見ているところに楓さんがやって来て、隣で本を読むのが日課になっていた。夕飯の時に確認したけど、どこかへ出かける予定もないし仕事も一段落したと言っていたから逃げる理由にできないはず。
頭の中で聞きたいことを整理して、会話に集中するために、見ていたテレビを消して楓さんの方を向く。
「楓さん」
俺が名前を呼ぶと、楓さんは読んでいた分厚い本を閉じて俺に視線を寄越した。
楓さんはソファーに、俺はラグの上にそれぞれ座っているから、必然と楓さんが俺を見下ろす形になる。
「楓さんさ、夜寝る時ずっとこのソファーで寝てるよね?」
「……それが?」
「ベッドで寝ないの?」
率直に言うと楓さんの切れ長の目がほんの少し見開かれた。ああ、またその話か、とでも思っているんだろう。なんだか気まずそうだ。
いつもはここで「まあ、そのうちね」とか言って逃げるけど、そうはさせまいとすかさず追い討ちをかける。
「毎日こんなとこで寝てたら身体もたないよね。ちゃんと眠れてる?」
「…………」
寄りかかっていたソファーに腕を置いて楓さんを覗き込むように見上げると、珍しく眉を顰めていた。楓さんは視線を彷徨わせたあと何か言おうとして、けれど何も言葉を発しないままその口を閉じた。俺が答えを待っていると楓さんはちらりと廊下に続くドアを見遣る。あ、今、どうやって逃げようか考えてるな。
「どうしてベッドで寝ないの?ちゃんとしたところで寝た方がいいと思うんだけど」
「……確かにそうだね。旭の言う通りだ。でも、俺の睡眠の心配はしなくていいよ。明日にでもベッド買ってくるから」
「そういうことじゃないんだけど……」
「お前、今日どうしたの?何でそんなに機嫌悪いんだよ?」
しらを切り話題を変えようとした楓さんに軽く怒りを覚える。ちょっと口調変わってるし。そこまで言いたくないのか。俺は楓さんが逃げないように腕を掴んだ。
「あのベッドどう考えても一人で寝る広さじゃないよね?俺の部屋にも楓さんの部屋にもベッドも寝具らしき物もないし、そんなの置くスペースもない。初めから自分の部屋で寝ることなんて考えてなかったみたいだ。
「…………」
「……ねえ、前の俺がいたときはどうしてたの?」
険しかった顔が泣きそうな表情に変わる。はっきりとした動揺が表れたのを見て、やっぱりこの話題は触れてほしくなかったんだと確信する。
きっと前の俺とは一緒に寝ていたはずだ。でも俺とは一緒に寝ようとしない。
それってつまり、そういうことなんだろう。
「……そんなに俺と寝るのが嫌なの?」
「…………、……は?」
さっきの泣きそうな顔はどこへやら。たっぷり間が空いてからそう反応した楓さんは、俺が何を言ってるのか分からないようだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
12 / 322