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16.✧不安
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✧✧✧✧
昨日の旭には色々と驚かされた。前の旭に妬いているようなことを言われて、何か記憶が戻ったのかと一瞬期待したけど、結局そんな都合の良いことは起きなかった。
別に喉が渇いているわけでもないのに水を飲みに行くと言って、旭から逃げるように寝室を出た。急に距離を詰められてあのまま旭といたら絶対に自分を保てなかっただろうし、自分がどうしたいのか分からなくなった。
旭と一緒にいたい。それは確かだ。
でも、俺が愛していた旭はここにはいなくて、今一緒に住んでいるのは旭と同じ顔、同じ声、同じ肉体の“別の旭”だ。
『人生を共に歩んできた』というバックグラウンドがあって、過去の出来事や思い出なんかも全部踏まえた上で、長所も短所も全部含めた上で旭を愛していたのだから、それらがまるっと無くなってしまったのなら以前のように愛せる自信がない。以前の旭にしていたように接してもいいのか分からないし、何より『和泉旭だから』というだけで一緒にいるのがお互いにとって良いことなのだろうか……。
何も知らない分、俺に対する刷り込みが良いことも悪いこともいくらでもできてしまう。愛し合っていたんだよ、と言えば簡単に信じ込ませて俺の元に置いておくことだってできるだろう。
でも、俺は旭の可能性を潰したくない。別の誰かを好きになることだってあり得るし、今の旭が選んだ相手が俺じゃなくても受け入れる覚悟をしなくちゃいけない。
だから、以前の俺たちにあった特別な関係は、今の旭に適用しない方がいいと思ってずっと過ごしてきた。
記憶が無いなら無いで新しい関係を築けばいいというのは十分に理解しているつもりだけど、ふとした瞬間に出る仕草が前の旭と同じだからどうしても混乱して迷いが出てくる。以前と同じように過ごしていればいつか完全に記憶が戻って、俺が愛した旭が帰ってくるんじゃないかってどうしても期待してしまう。
真っ暗なリビングでしばらく考えてみたけど、結局いいアイデアは出てこなかった。こんな問題、誰も解き方を教えてくれなかった。難易度が高すぎる。
諦めてベッドに戻って、旭が抱きついてきた時にはやっぱりソファーで寝れば良かったと軽く後悔した。意識しないように仕事のことを考えて、旭に触れられて熱を持った体を宥めるようにしていたらいつの間にか眠っていた。
いつも通りスマホのアラームで目が覚める。起き上がろうとしたけど背中にまわった腕によって妨げられた。昨日ベッドに入った時の体勢のままで、目の前で寝ている旭の髪を耳にかけてやるとくすぐったそうに俺の胸に顔を埋めてきた。
エアコンをつけっぱなしにして寝たとはいえ、くっついて寝ていたせいで汗をかいてるからやめてほしいんだけど……。さっぱりしたいし眠気覚ましにシャワーでも浴びてこようかな。
旭を起こさないようにそっと腕を解いてベッドから出た。多少身じろいだけど起きる気配は無かったから、眠っている旭をひと撫でして寝室を後にした。
立ってボーッとしながら、頭からぬるいシャワーを浴びた。隣にある浴槽にふと意識が向いて、そういえば前の旭とは一緒に風呂なんかも入ってたな、なんてどうでもいい事を思い出した。
この家には旭との思い出がたくさんある。だから旭から意識を反らせようとしてどの部屋に行っても、結局旭にたどり着いてしまう。この家にいる限り前の旭を思い出さずに過ごすなんて無理だと、今の旭が帰ってきてから強く実感した。
シャワーを浴び終えて下だけ履いて、髪を拭きながらリビングに行くと旭がいた。眠そうな顔をして何故か呆然と立ち尽くしている。
「旭、おはよう。朝ご飯どうす……え、何、どうしたの?」
「よかった……」
「なにが?」
「消えたかと思った……」
「は?」
旭は不安そうに眉を下げ俺を見ていた。そんな顔をされても、まったく心当たりがない。何か無意識のうちに傷つけるようなことをしてしまったのか。
「置いていかれたかと思った……」
「あ?ああ、もしかして黙って風呂行ったから?」
「ひとこと言ってくれれば良かったのに……」
なるほど。朝起きて隣を見たらいるはずの俺がいなくて不安になっていたのか。
別に旭を置いてどこかへ行くなんて考えはないけど、昨日さんざん俺に『ベッドで寝て』と言っていたわけだし、その俺がいなかったら少しびっくりする……よな。気持ち良さそうに寝ていたから起こさなかったけど、旭にとっては起こされた方がいいらしい。次からはそうしよう。
「ごめんな。シャワー浴びるだけだから大丈夫かと思ってた。……お前も浴びてくる?」
「……ん」
ちょっぴり元気がない旭を風呂場へ見送って、俺は朝食の支度に取りかかることにした。
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