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17.✩突然
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✩✩✩✩
朝起きて楓さんがいないことに気づいた俺は、慌ててベッドから飛び起き寝室を出た。真っ先に見渡したリビングに姿はなく、それならと探しに行った仕事部屋にも私室にも楓さんはいなかった。
人の気配がなく静まり返ったリビングに戻ってきて呆然と立ち尽くしていると、しばらくして廊下に繋がるドアが開いた。髪を拭きながら入ってきた楓さんは俺を見て驚いたようだったけど、立ち尽くしていた理由を話すと困ったように笑っていた。
楓さんの顔を見たら、さっきまで感じていた焦燥感が一気に和らいで心が落ち着いていった。
……よかった、どこにも行っていなくて。
昨日の夜抱きついて寝てしまったから、やっぱり俺と寝るのが嫌になってどこかに行ってしまったのかと思った。今思えば、抱きつくとかありえなさすぎる。楓さんには悪いことをしちゃったな……。
楓さんに勧められるままに無心でシャワーを浴びて、リビングに戻ると甘い匂いがした。
……朝ごはんを作ってくれてるのかな。
俺の予想は的中したようで、ダイニングへ行くとキッチンに立っている楓さんの姿が見えた。鼻歌を歌いながら料理をしているなんて、随分と機嫌がいいらしい。邪魔をするのも憚られたけど、控えめに名前を呼ぶとすぐに気づいてくれた。
「楓さん……」
「お、来たね。あと少しで出来上がるから。ちょっとこれテーブルまで運んで」
「ん、分かった」
楓さんに渡されたお皿やマグカップをダイニングテーブルまで持って行く。テーブルには既にサラダとスープが置いてあった。
……そういえば帰ってきた日から食事の準備はずっと俺に任せてくれていたから、楓さんのご飯を食べるのって初めてだ。
先に座っているように言われてワクワクしながら待っていると、目の前に甘いいい匂いがする物が乗ったお皿が置かれた。
「今日の朝ご飯はフレンチトーストだよ」
「わー、美味しそう!」
「いただきます」
「いただきます!」
厚みのあるフレンチトーストを一口大に切って口に運ぶ。美味しい、と思わず零れた言葉に楓さんは笑顔になった。
料理はまあまあ得意と言っていたけど、こんなに美味しいものを作れるんだから本当はすごく上手なんだろうな。
美味しい朝ご飯に夢中になっていると、コーヒーの入ったマグカップを置いた楓さんが真剣な表情でこちらを見てきた。
「……旭、あのさ……急な話で悪いんだけど」
「うん?」
「大学、どうする?」
前置き通り何の脈絡もない唐突な話に、俺はフレンチトーストをフォークに刺したまま固まった。
大学って、前の俺は大学生だったの?
……確かに言われてみれば、部屋には何かの講義のレジュメや教科書らしき専門書があったような気がするし、リュックの中身的にも外に働きに出ている感じはなかった。でも、帰ってきてから今まで一度も大学に関する話題なんて出たことがなかったのに、どうしてこのタイミングなんだろう。何かやらなくちゃいけないことでもあるんだろうか。
「ちょうど入院してたのが夏休みだったから大体の講義は心配ないと思うけど……。戻れるようだったら頑張ってみる?もしかしたら記憶が戻る手がかりが見つかるかもしれない」
「…………えっと……」
「まあ、いきなりこんなこと言われてもって感じだろうから、ゆっくり考えてみて。始まるまでまだ時間あるし。休学するっていうのも全然ありだと思う」
「……うん」
大学か……。ドラマで見たことがあるからなんとなくは分かる。そこに行けば、きっと前の俺の知り合いや友達がいるだろう。
その人たちに会ってみたいとは思う。会って前の俺がどんな人だったのか聞きたいけど、その人たちは今の俺を見てどう思うんだろう。仮にそのコミュニティーへ戻れたとして、友達のことだけじゃなく、記憶をなくす前の自分のことについても何も知らないのに上手くやっていけるんだろうか……。その人たちが仲良かったのはあくまで『以前の俺』であって、今の俺の友達ではないんだから、手放しで大歓迎ってことにはならないだろう。
そもそも大学とやらは記憶がなくても通える所なんだろうか。専門的な何かを学びに行く場所らしいけど、前の俺がどんな分野に興味を持っていたのか知らないし、今の俺がその分野に興味を持てなかったらどうしよう……。
そんな事を考えながらフレンチトーストの最後の一切れを食べ終える。楓さんはとっくに食べ終えていて、キッチンで食後のコーヒーのおかわりを淹れていた。
楓さんが作ってくれた初めてのご飯はすごく美味しかったはずなのに、大学の話が出てからあれこれと不安が押し寄せてきて、味がよく分からなくなってしまった。
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