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18.✧旭の友達
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✧✧✧✧
大学の話をした瞬間、旭の顔が強ばったのが分かった。それまで美味しそうにフレンチトーストを食べていたのに、話題が出てからはずっとそのことを考えていたみたいですごく不安そうな顔をしていた。
大学に行って前の旭を知っている友達と交流するようになれば、記憶が戻るきっかけになるかもしれない。ずっと家で俺とばかり関わっていても刺激が少ないだろうし、家の外にコミュニティーを作るのはとても大事だ。交遊関係が広がることは今の旭にとってもいいことだろう。
それに旭が通っている大学は俺の母校でもあるから、何かあった時に頼れる人がたくさんいる。そういう点もあって俺は今の旭を通わせること自体にあまり不安は感じていない。
前の旭が通っていたからといって無理して行く必要はないと思う。最終的にどうしたいか決めるのは旭だ。ただ、秋学期の始まりは待ってくれない。通うにしても心の準備が必要だろうし、休学するなら早めに手続きした方がいいだろう。
どちらにせよ、まずは旭がどうしたいか本人の希望を聞いてみよう、答えはすぐに出せないだろうから早めに大学の話をしておいた方がいいだろうと、どこか焦ってしまった部分があった。でも旭のあの反応を見て、単刀直入に言いすぎたと思ったし、話すタイミングを完全に間違えたのだと後悔した。少し考えれば分かったはずなのに、もっと慎重になるべきだった。
これから何か大事な話をする時は、タイミングと導入に気をつけようと心に刻んだのだった。
今日の分の仕事を片付けて、そろそろ夕飯の支度をしようとキッチンに向かう。
仕事が立て込んでいたのもあって旭が帰ってきてからずっと任せてしまっていたから、これからは時間が取れそうな時は積極的に作るようにしよう。今朝のフレンチトーストも気に入ってくれたみたいだし、色々なものを作ってあげたい。
冷蔵庫の中を確認すると、予定していた献立を作るのに必要な食材が足りなかった。別のおかずを作ってもいいけど、今日は時間に余裕があるから買いに行くことにして、ダイニングからリビングにいるはずの旭に声をかける。
「旭、ちょっと買い物行ってくる。留守番頼んだ」
「はぁい、気をつけてね」
旭はソファーに寝そべってテレビを見ていたらしく、わざわざ上体を起こして返事をしてくれた。二週間も経ってさすがにこの家にも慣れたらしい。順応力が高いのは前と変わらないみたいでよかった。ずっと緊張されたままでいられてもこっちが困るからな。
フロアまで上がってきたエレベーターに乗り込む。今日はそんな大荷物にならないはずだから散歩がてら歩いて行こう。
ロビーを掃除をしていた管理人のお爺さんに挨拶をしてエントランスの外に出る。ここから最寄りのスーパーまでは歩いても片道十分程だから、そんなに遅くならないうちに帰って来れるだろう。
大体の献立は決まってるけど、他に何か食べたものがないか旭に聞いてくれば良かったな。今からでも聞いてみるか。
「あれ?もしかして平坂先輩?……やっぱりそうだ!こんばんは~!」
旭にメッセージを送ろうと画面をタップしかけた時、聞き慣れない声に名前を呼ばれた。
声のした方を見ると一人の男が立っていて、目が合うとその人は笑顔を浮かべて俺の方へ駆け寄って来た。どこかで会ったことある気がするけど……誰だっけ。
「……すみません。どちら様ですか?」
「えぇー、ひどい!って言っても仕方ないですよね。市倉です。市倉遼介。ほら、同じ高校だった……」
「……いちくら……ああ、旭の友達の」
「そうそう、和泉の同級生です!」
そこまで聞いてやっとはっきり思い出した。
たしか旭と中学時代から部活やクラスが一緒で、中高と特に仲の良かった友達だ。ほんの数回しか話したことがなかった気がするけど、よく俺のことを覚えていたな。
「良かった、覚えててくれて!オレ、旭と大学も同じなんですよ!」
「へぇ、そうなんだ?」
「やっぱり聞いてなかったんですね……」
市倉はがっくしと肩を落として悲しそうな表情になった。
市倉とは直接話す仲でもなく、旭から聞かない限り情報が入ってくることはなかったから、てっきり大学は別のところへ行ったのだと思っていた。学部が違ったりキャンパスが別だったりすると同じ大学だということを知らない可能性もあるけど、俺が知る限り二人は結構仲が良かったと思うんだけどな。
……そういえば、たしか旭が高二になった頃からめっきり話を聞かなくなった気がする。それまでは頻繁に話題に出ていたのに名前すら出てこなくなったから、大きな喧嘩でもしたのかと思って、旭が話してくれるまで何も聞かないでいようと決めた覚えがある。すっかり忘れていた。
当の旭には記憶がないし、もう赤の他人も同然だろう。仮に喧嘩別れでもしたのなら、今の旭に会わせるのもいかがなものか。そもそも市倉は旭の記憶がなくなったことを知っているのか?
前の旭と市倉が最終的にどれくらい仲良かったのか分からないから、下手に会話したくないな……。
「……悪いけど買い物行かなきゃなんだ。他に用がないならこれで……」
「あっ、待ってください!……あの、連絡先教えてもらえませんか?」
「え?……何でまた?」
「ここで再会できたのも何かの縁ってことで!あ、コードでお願いします!」
勢いに押されて言われるがままスマホの画面にコードを表示する。どうして旭の友達と連絡先なんて交換してるんだろう、と考えている間に、俺の友達欄に『市倉遼介』という名前が追加された。
「へへ、ありがとうございます!……あ!やば、遅れる……それじゃあ、またっ!」
「え、はぁ……」
待ち合わせでもしているのか、市倉はそう言うと俺が歩いてきた方へ走って行った。
結局何だったんだ……。
とりあえずこちらから連絡することはないだろうから日が経ったら削除すればいいかと自己完結して、気を取り直してスーパーで買い物をして旭の待つ家へと帰った。
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