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21.✩朝日
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✩✩✩✩
楓さんが朝方まで仕事をしていたなんて全く知らず、微かな物音で意識が浮上した。頬を撫でられて、隣にいる楓さんへと手を伸ばす。だけどいくら探しても指先に触れるのはシーツだけで、そこで楓さんがベッドにいないことに気づいた。不安になって小さな声で名前を呼ぶと今度は優しく頭を撫でられて、すぐ側にいるのだと安心して意識を手放しかけた時、後ろから楓さんの声が聞こえてきた。
「ちょっとそこの海行ってくる」
……うみ……?
気になって寝返りをうって瞼を開く。サイドチェストの上に置いてあるナイトライトの光が眩しくて少し目が痛かった。楓さんの腕を頼りにベッドから起き上がって辺りを確認する。カーテンがついていない小窓から見えた外はまだ暗かった。
こんな時間に海に何しに行くんだろう。
働かない頭で考えるより先に無性に心配になってきて、俺も楓さんについて行くことにした。
ひんやりとした空気の中を歩いて来たおかげでだんだんと頭が起きてきて、離すタイミングを失くした手から意識を逸らそうと、無言で隣を歩く楓さんを盗み見る。
何を考えているんだろう。……読めない。
「……ねぇ、楓さん?こんな朝早くから何しに来たの?」
「仕事が行き詰まったから気分転換しようと思って。ちょっと散歩してすぐ帰るつもりだったからついて来なくても良かったのに……。日も出てないから寒いし、それにまだ眠いでしょ?」
たしかに楓さんの言った通り、ほんのり薄暗い砂浜は思っていたより肌寒い。楓さんが用意してくれた長袖のパーカーを羽織って来て正解だ。楓さんは半袖のTシャツ一枚だけど。寒くないのかなと思っていたら、案の定くしゃみをしていた。俺のことを気遣うより先に、少しは自分のことも気にかけてもらいたいな。
「風邪引いちゃうよ、楓さん。ほらこれ着て」
「いい、お前が着てなよ、風邪引くよ」
パーカーを脱いで渡そうとしたら、楓さんはツンとそっぽを向いてしまった。なんかご機嫌ななめだな……。
断られてしまってはもう何も言えない。また黙って楓さんの隣を歩く。
海と並行に伸びた砂浜の端の方からずっと、何度か砂に足を取られながら歩いてきて、真ん中あたりに差し掛かった頃には随分と明るくなっていた。
「あ……!旭、見て……」
楓さんが目をやった先。海を見ると、遥か遠くの水平線から太陽が顔を出した。俺たちは二人並んで、ゆっくりと上る朝日を見る。青からオレンジへとグラデーションになっている空に新しい光が差して、それまで淡く色づいていた世界がだんだんカラフルになっていく。
「すごい、綺麗……」
「ふふ、だろ?お前の名前の由来なんだってさ」
そんなことまで知ってるのかと驚いて隣を見ると、楓さんは穏やかな表情で海を見つめていた。
爽やかな潮風が楓さんの黒い髪をサラサラと撫でていく。その様子がどこかの映画のワンシーンみたいで。
……とても綺麗だと思った。
最近楓さんにドキドキしてばっかりだ。
男相手にこんなの、絶対おかしいはずなのに。
夏休みが終わって大学に行くようになれば、可愛い女の子とかを見るようになれば、こんなことも無くなるんだろうか?今の俺は楓さんしか知らないし、たまたま楓さんが美形だったからドキドキしてるんだろう。仲のいい友達だっているだろうし、もしかしたら彼女だって、いるかもしれないし……。
「……ねぇ、楓さん。前の俺って彼女いたの?」
楓さんが一瞬だけ俺の方を見た。すぐに逸らされた視線は、今度は海ではなく砂浜に向けられているようだった。
「……どうだろうね、そういう話はしたことがないから分からないな」
俺のことなら何でも知ってると思ってたけど、楓さんでも知らないことがあるんだ。
…………楓さんは、彼女いるのかな。
俺が病院から戻ってくるより前は分からないけど、少なくとも俺が退院してから楓さんはほとんど家にいる。仕事は家でできるらしくどこかへ出勤もしないし、出かけるといっても買い物くらいだ。俺の知る限りデートとか外泊で家を空けることはなかった。でも、これだけかっこいいんだから女の子たちは放っておかないだろう。
前の俺が自分の恋愛について楓さんに話してないなら、楓さんも前の俺に話してないかもしれない。
凪いだ海を眺める楓さんを見ていたら無性に気になってしまった。
「……楓さんは?彼女いるの?」
「………………いるよ」
「…………そう、なんだ……」
振り絞って出した声は掠れて少し震えていた。血の気が引いてうまく息ができなくなる。
……どうして、こんなにショック受けてるんだろう。
楓さんだって大人だもん、彼女ぐらいいたっておかしくないよね。
そう自分にいい聞かせて無理矢理にでも納得しようとしたけど、俺の心は凍ったように重かった。
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