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28.✧木久さん
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✧✧✧✧
旭はちゃんと大学になじめただろうか?しっかり者の柚里がいれば大丈夫だろうけどやっぱり心配だ。
俺は旭を送って行ったその足で会社へ来た。受付嬢のお姉さんに挨拶をしてエレベーターに乗る。
たくさんの個室が並ぶ八階で降りて、空いている部屋に籠って作業をしようとすると、突然後ろから腕を引っ張られた。
驚いて振り返ると、いわゆる同僚が俺の腕を掴んでいた。そのままずるずると引きずられるように、個室ではなく談話室へ連れて行かれた。
「平坂サーン!お久しぶりです!!」
「平坂さん、今日はどうされたんですか!」
「平坂先輩、午後から―――」
囲むようにしていろんな声が俺の名前を呼ぶ。人が多い時期に顔を出したのが間違いだったな……。軽く後悔していると、人の壁がサッと割れた。
「平坂、久しぶり。元気してた?」
「あ、木久さん。お久しぶりです。はい、おかげさまで」
意志の強そうなこの女性、木久麗子は業界ではかなり名の知れてる女社長だ。
俺の昔からの知り合いで、俺がこの職業に就いたのも木久さんの影響を受けたからだ。午前中はほとんど本社にいないと聞いていたけど、たまたまタイミングが良かったみたいだ。
「君さ、最近いいモン作ってんじゃん。何か良いことでもあったの?一ヶ月くらい前はあたしが何言っても聞こえないみたいで、心ここにあらずって感じだったのに」
「はは……その節はすみませんでした。良いこと、ですか……。あったといえばありましたね」
「おお、何、彼女とか?青春だねぇ。若いうちは立ち直りが早くっていいわ。まあ君の場合、幸せな時よりも不幸な時の方がいいモン大量に作るけどね。今回は良いこと悪いことどっちかじゃなくて、その両方って感じかな」
「はは、不幸って……」
見事に見透かされていて笑いしか出てこなかった。良いことより悪いこと、プラスよりマイナス感情があった時の方が、自分は良いものが作れるんじゃないかと薄々思ってはいたけど、こうも上司からすぱっと言われてしまうと認めざるを得ないよな。
負の感情を制作で昇華するタイプの人間だから、旭のいない生活をどう過ごそうかと悩んだ挙句、気づいたら仕事をしていた。
「じゃ、せいぜい頑張ってよ。世の中の若者たちは君の作ったモンを心待ちにしてるんだから!」
「そりゃあ頑張りますよ。こっちにも生活がかかってるんで」
木久さんは「まったく生意気になったなぁ」と笑いながら去って行った。ついでに俺を取り囲んでいた人たちを連れて行ってくれたから、誰にも邪魔をされることなく集中して仕事することができた。
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