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43.✩消えるなら
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✩✩✩✩
楓さんに肩を掴まれ引き寄せられたと思ったら前髪を分けられて、反射で目を瞑ってされるがままになっていると、チュっとやけに艶かしいリップ音がして解放される。
「んっ……?」
目を開けていまいち状況を飲み込めないでいると、楓さんが自分の唇をペロリと舐めた。
「!?」
え……?ん?あれ?いま、楓さんが……俺の、おでこに……き、キス、した??
衝撃が強すぎてぽかんとしている俺を見て、楓さんはふっと笑った。
「ふふ、キスしちゃった。おでこだけど。こっちの方が良かった?」
「なっ、っ~!!」
楓さんがそう言いながら親指で俺の唇をツーっと撫でた。な、にこれ、背筋がゾクゾクする……。
ゾクゾクするのと同時に顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。
なんで……?なんでキスしたの!?
「さて、風呂入って寝よ。旭も夜更かしは肌に良くないよ」
楓さんはするりと俺の頬を撫でリビングから出ていこうとした。俺、女じゃないんですけど……と心の中で悪態をつく。
って、こんな事はこの際どうでもいいんだ!問題は、なぜ楓さんは俺(の額)にキスなんてしたのか、という事で……!
「ま、待って楓さん!」
「なに?旭も一緒に入る?」
「入らないよ!ってそうじゃなくて!……さっきの、どうして……」
「ああ、でこチュー?」
「そう、それ、なんでしたの……?」
何でもなかったかのように振る舞われると、気にしてるのは自分だけみたいで悲しくなる。楓さんにとっては些細なことだったのかな……。
「…………キスって、する場所ごとに意味があるらしいよ」
「意味?そんなのあるの?」
……あれ?この会話前にもしたこと……。
頭が霞がかったようにもやもやして、凍っていた部分がじわじわ溶けていくような感覚がする。
この感覚、初めてオムライスを作ったときにも少しだけ感じた。
「髪の毛が思慕。額が友情。瞼が憧憬で……」
楓さんは口に出しながら、長い綺麗な指で俺のその場所を撫でていく。それと共に溶けだした思い出が頭の中に流れてくる。
その思い出の中では俺ともう一人誰かがいて、今楓さんがやっているように俺がその人に説明していた。
記憶内の俺の声と現実の楓さんの声が重なる。
『耳が誘惑で鼻が愛玩。ねぇ、唇は何だと思う?』
「耳が誘惑、鼻が愛玩、……唇は……」
楓さんの指が唇まで下りてきてゆっくりとなぞっていく。熱に浮かされたようにぼーっとした頭に言葉の続きが浮かんできた。
「……愛情……」
現実の俺の声と楓さんの声が重なった。楓さんは目を見張って「旭?」と声を零した。何で知っているんだ、とでも言いたげな楓さんの目を見返す。
「あ、や、なんか……自然と分かったっていうか、記憶が……」
「記憶が戻ったのかっ!?」
さっきまで額や頬を撫でていた楓さんの指が、がしっと俺の二の腕を掴む。
力が入り過ぎて指が腕に食い込んで痛い。眉を顰めると楓さんははっとして力を緩めてくれた。
「いや、全部じゃないけど……。たぶん、ほんの、少しだけ……」
「っ、良かった……!少しだけでも、戻ってくれて……」
楓さんは二の腕を掴んでいた手を背中へ回した。自然と前から抱きつく形になる。楓さん、肩が震えてる……。
そんなに、俺の記憶が戻るのが嬉しいの?
…………そうだよね、楓さんが一緒にいたいのは『前の旭』だもんね。楓さんは今の俺と向き合ってくれると言ったけど、あなたの心はずっと『前の旭』にあるんでしょ?
もし、記憶が戻ったら…………今の俺はどうなるんだろう?消えるのかな?
せっかく楓さんに恋したのに。思いを伝えられないまま消えるなんて……。
消えて無くなってしまうんだったら、記憶なんて戻らなくていい。
楓さんを抱き返しながら心の奥底でそう思ってしまった。
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