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44.✧変化
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✧✧✧✧
昨日の夜、旭の記憶が戻った。
といっても本人曰く、ほんの少ししか思い出せなかったらしいけど。それでも記憶が少しでも戻ってくれたことがすごく嬉しかった。
また旭と思い出を共有できるかもしれない。そんな希望が見えてきた。
「うーん……何でだろう……?」
「どうしたの旭?」
「いや、何で急に記憶が戻り始めたのかなって」
「はは、またそれ?」
今朝からずっとこの調子だ。
旭はダイニングテーブルに突っ伏して悩んでいるようだった。ついてる番組には興味が無いらしくテレビのリモコンをいじって遊んでいる。
たしかに旭が事故にあってからもう二ヶ月ちょっとになる。帰ってきてから少しだけ思い出すようなことはあったらしいけど、旭曰くあそこまで『鮮明に』記憶が戻ったことを旭自身不思議に思っているようだった。
「まあ、でも嬉しいことじゃない?旭も思い出したいって言ってたし」
「…………うん……」
なんか不安そうだな、と思いながら旭の前に座った。今日は都合よく旭の学校が休みだからゆっくり話ができる。だから全部聞いてやろう。
不安なことも心配なことも、全部。
「何がそんなに不安なの?」
「……もし、記憶が全部戻ったら、今の俺は……どうなっちゃうのかなぁって」
「どうなるって?」
どうなる、とはどういうことだろう?旭は記憶を取り戻してからも変わらず俺と生活をしていくんじゃないのか。
「んー、なんていうか、こう……消えちゃうのかなって。はは、おかしいよね。今の俺なんて所詮記憶が戻るまでの旭なんだから」
「……もしかしてお前、記憶なんて戻らなくていいと思ってる?」
「…………少しだけ」
意外だった。あんなに記憶を取り戻したいと言ってた旭が、今度は記憶なんて戻らなくていいと言っている。
何も返さないでいると、旭はだんだんと不安そうな表情になっていく。それを見られたくなかったのか完全にテーブルに伏せてしまった。
「コントロールできるわけじゃないから……いつ記憶が戻るのか自分でも分からない。今までも、昨日の夜もそうだけど、急に自分の知らない光景が思い浮かんで、一瞬にしてなじんでいく。ああ、そんなことがあったな、って」
料理の作り方だったりキスの意味だったり。自分自身で学ぶという過程をすっ飛ばして、身に付いていた知識をいきなり思い出すことに戸惑っているのだろう。
「それは……前の俺の記憶であって、今の俺が経験したことじゃないのに、『和泉旭』を構成していたものだから……、何の抵抗もできずに、当たり前のように俺の中に残る。今の俺の気持ちとか、関係なしに。記憶が戻るってことに、抗いようがないんだ……」
もしかしたら、『記憶が戻る』ということは、今の状態の旭にとってあまり良くないのかもしれない。
だけどこれから先、濃い記憶を思い出すことがあるはずで……。今はまだ記憶が戻ること自体に慣れていないというのもあるけど、少し記憶が戻っただけでこの状態なら、そういう記憶を思い出した時どうなってしまうのだろう。
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