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60.✧寂しい
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✧✧✧✧
旭に触れなくなってから三週間が経った。
今さら普通の関係を築こうだなんて馬鹿らしいけど、どうにか前の旭と関連付けずに今の旭と向き合おうとしてあれこれもがいていた。目の前に、すぐ触れ合えるところに旭がいるのに、それが出来ないことがひどくもどかしかった。
普通に、普段通りに、と意識して旭と接するようになり、旭の頭も撫でなくなったし余計なスキンシップは排除して必要以上に関わらないようにしようと決めた。
そもそも俺がもっと気持ちを強く持っていれば、今の旭の期待を裏切って傷つけることもなかったし、こんな風に距離を置かなくて済んだはずだ。
今度こそ大丈夫、俺がちゃんとやれば旭が傷つくことはない。
そう自分に言い聞かせて、旭を求める心を抑えつけた。
「楓さん、あの……」
「ん?どうした?」
「…………ううん、なんでもない。行ってきます……」
「いってらっしゃい。気をつけてな」
日に日に元気のなくなっていく旭を見送る。
そういう事をしないと決めたあの日から、旭はだんだん俺に遠慮をするようになって、俺の出方を伺ってから行動することが多くなった。原因なんてとっくに分かってるけど、それを解決しようとしたら元も子もない。壁を作るわけではないけど、お互いに一歩引いた関係を保っていた。
正直な所、今の旭だけを見るなんて無理な話だ。今の旭だけを見ようとしたら、赤の他人だと思わなくちゃならない。そうしたら百歩譲って同居人は良いとしても、幼馴染の関係は捨てることになる。
幼馴染という関係は、俺と前の旭の関係なんだから。
「俺には他人と住む理由なんて無いしなぁ」
とは言っても今の旭をそこら辺に放り出すわけにもいかない。
それに……少しでも記憶が戻っているみたいだから、このまま暮らしていればいつか……。
そう思わずにはいられなくて、だけどそんな風に思うことを今の旭は望んでいなくて。
駄目だ、何をしていても前の旭と今の旭のことを考えてしまっている。何事も上手く器用にこなしてきたつもりなんだけどなぁ……。
完全に板挟み状態だ。
「うっわ、寒…………」
今日はちょっとだけ会社に顔を出しに行く予定で、それまでの時間気晴らしに掃除をしよう思って換気のために小窓を開けると、リビングに冷たい風が流れ込んできた。冬を目前にした寒さが体に凍みる。
ふとこのまま俺たちはどうなるんだろうなんて考えが頭をよぎった。
これからずっと、微妙な距離のまま旭と接していかなきゃならないのか?
小さい頃から俺の後を付いて来るのが可愛くてそれこそ実の弟みたいに、俺にとって旭は一番近い存在だったんだけどな……。
思えば前の旭とも微妙な距離感だったときがあった。あれはたしか旭が中学に上がってから高校一年生の冬くらいまでだったっけ……。どうしてなのか理由を聞いたことがないけど、一方的に距離を置かれていた。
そんなこともあったと懐かしい気持ちに浸りたくて、窓を開けたままソファーに腰を下ろした。
このソファーで旭といろんな事をした。
ソファーだけじゃなくて、ベッドやキッチン、風呂……この家の至る所で。
前にも言ったけど、ここには前の旭との思い出がたくさんある。この家にいる限り、きっと俺は前の旭を思い出さずにはいられない。
なんで、こんなことになっちゃったかな……。
なんで記憶なんか、忘れてんだよ……。
「寂しいよ……、旭……」
ぼそりと零れた言葉は、響くことなく冷たい空気に溶けて消えた。
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