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61.✩起きてよ
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✩✩✩✩
楓さんが触れてこなくなってから、毎日が憂鬱な気分だった。楓さんは頑張って『普通の関係』でいようとしてくれているけど、そうやって扱われることに少しずつ傷ついている自分がいる。
『今の俺だけを見てほしい』
俺があんなこと言ったから楓さんとの関係もぎこちなくなってしまった。
楓さんに俺だけを見てほしいなんてわがまま、無理なことだって分かってるのに。
俺は前の自分に嫉妬してるんだ。
俺の知らない楓さんを知っていて、楓さんの心を手に入れた、前の自分に。
だから楓さんが少しでも前の俺のことを考えているのが、嫌で、寂しくて、気にくわない。
楓さんの気を引こうにも、楓さんの中で俺の行動は全て前の俺に繋がってしまう。そして、子どもじみた考えしかできなくて楓さんを困らせる自分に、心底イライラする。
今日もそんなことを思いながら家に帰ってくると、楓さんの出迎えがなかった。
この三週間も触れてはこないものの、楓さんは必ず朝の見送りと帰宅の出迎えはしてくれた。
……ついに顔を見るのも嫌なほど嫌われた?
がっくりと肩を落としてリビングに向かう。ドアを開けると、暖かいはずのリビングから冷たい空気が廊下に流れ出た。今日は冬の気温だって朝の天気予報で言ってて、それに楓さんは寒いのも暑いのも苦手だからいつもちょうどいい室温に保っているはずなんだけど……どうしてこんなに部屋が寒いんだろう。
「楓さん?」
名前を呼びながら部屋を見回す。楓さんはソファーの肘掛けを枕がわりにして横になっているようだった。ソファー越しに少し開けられた小窓が目にはいった。寒さの原因はこれか。
とりあえず窓を閉めてソファーに横たわる楓さんに近づく。目を瞑っているから寝てるみたいだ。
「楓さん……」
三週間ぶりにその綺麗な頬に触れると驚くほど冷えきっていた。楓さんの顔をよく見てみると普段よりも血の気が引いていて白かった。
まさかと思って楓さんの体の至る所に触れる。
冷たいのは頬だけじゃなくて手も首元も……。
「楓さん?……っ、ねえ、楓さん、起きて!楓さん!」
何度呼びかけても浅く呼吸をするだけで楓さんは目を開かない。昼寝ならいつもすぐに目を覚ましてくれるのに。
これ以上冷やさないように暖房をつけて、寝室から持ってきた毛布で楓さんを包む。
「楓さん…………、楓さんっ……」
このまま目覚めなかったらどうしよう、なんて考えが浮かんでしまって、その不安はどんどん大きくなっていく。
「っ……、かえでさん……」
やっと温かくなってきた部屋に、小さく呟いた俺の声だけが消えていった。
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