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64.✧楽
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『しばらくの間、家を空けます。ちゃんと学校行けよ』
それだけ書いたメモをテーブルの上に置いて、まだ寝ている旭を一人家に残して軽い荷物を持って出てきた。
これから俺は、マンションから少し離れたところにある先輩の家に行く。高校時代の俺の先輩で木久社長の甥っ子。この先輩が自分の叔母である社長を紹介してくれた。
しばらくそこにお世話になろうと思う。ちなみに時刻は午前六時。
こんな朝早くから、と思わないでもないけど、あの人はそんなこと一ミリも気にしないから大丈夫だ。というかあの人に対して先輩とか時間を気にしたら負け。これまでの経験から断言できる。
現にさっきメールしたらすぐに『了解』と返信がきた。
独身男性が住むには十分すぎるほどの大きさの家に着き、駐車場に車を停めて外に出る。今朝もだいぶ冷え込んでいて吐いた息が白い。昨日体を冷やしたせいもあってかあまり体調が良くないけど、でも家にいて旭に余計な心配をかけるよりはマシだ。
インターホンを鳴らすとしばらくしてから真っ黒いドアが開き中からにこにこ……いや、にやにや笑う男が出てきた。相変わらずだな、この人は……。
「おはようごさいます」
「おはよ、久しぶりだな。後でちゃんと聞かせてもらうから」
「分かってますって」
しっかりと頷いてみせると俺を家の中に入れてくれた。
リビングに通されてソファーに座ると、男も隣りに座ってきた。他にもソファーや座る場所はあるのに、この男はいつも決まって俺の隣に座る。
「で、どうしたんだ?」
「ああ、今聞くんだ。特に何もないですよ。顔が見たくなっただけ」
大したことじゃない、なんて言ったけど、俺の中では結構一大事で、これからの事を考えるだけで不安になる。ふうん、と返されて横を見れば、明らかに納得いっていない顔で笑ってしまった。やっぱりこの男に嘘は通じないみたいだ。
俺が選択したのは、旭から離れる事。もう、旭には会わないつもりでいる。
旭に会わないようにしていろいろ手続きするのは大変な作業だろうけど、旭のこれからの未来がかかってるんだからそれくらいはやってやろうじゃないか。
俺に捨てられたと旭はしばらく落ち込むかもしれない。でも、旭の周りには柚里やたくさんの友達がいるから……俺がいなくても、きっと大丈夫。
俺のエゴでしかないことに旭を巻き込むのは可哀想だと思ったけど、これ以上一緒にいた方がきっともっと傷つけてしまう。
「お前がここに来る時は何かあったときだろ。他に頼れる人がいないから、こうやって俺に会いにくる。八月に来た時もそうだったな」
この男の言う通り、俺は八月にもここに来た。
旭が事故にあって入院した時、どうしようもない不安に駆られて。
「また和泉旭の事?」
「まあ、そんな感じ」
この男は前の旭を知っている。旭と俺の関係も。
隣から腕が伸びてきて顎を掴まれた。グイッと男の方を向かされて目が合う。
「だから『俺にしとけ』って言ったのに。俺ならお前にそんな顔させないし」
「そんなに今の俺、すごい顔してますか?」
「してるな。『不安で不安で心が潰れそう、助けて』って目が訴えてる。……俺が楽にしてやろうか?」
不敵な笑みを浮かべてそう言った男の瞳は、こんな時なのに情欲に濡れていた。
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