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70.✧遅い
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飲みの誘いを一旦保留にして、静輝の家から直接学校に行くという市倉を見送った。
リビングに戻ってくると、ソファーに座っている静輝が自分の隣をぽんぽんと叩いてそこに座るように促してきた。一瞬躊躇ったけど腕を引かれて大人しくそこに座る。
「市倉も行ったことだし、詳しく聞かせてもらおうか?」
「………………」
「俺には言えない?」
「い、える、けど……」
何から言えばいいのか分からない。
静輝は旭が事故にあったことは知ってる。でもそれからのことは知らない。
旭が記憶喪失になったことから話すべきだよな。
「前に旭が事故にあったって言ったでしょ。それで、全部忘れちゃって……。俺のことも、今までのことも、綺麗さっぱり全部」
「つまり記憶喪失ってことか。恋人が自分の事を忘れた、か……。随分と難儀だな。……和泉旭のことはそれでも好きなのか?」
静輝自身は旭と繋がりが薄いからか、記憶を無くしたということはそこまで驚くほどのことではないらしい。俺の話を淡々と噛み砕いて飲み込むのは昔から変わらない。そして気になったことは率直に聞いてくるということも。
静輝の問いに素直に頷いた。
「最初の頃は、やっぱり俺は記憶をなくす前の旭が好きなんだって、思ってた。……だけどだんだん、今の旭のことも……」
今の旭のことも好きになり始めてる。
俺の知らない旭なのに、俺への好意を隠さないで前の旭のを彷彿とさせる行動なんかするから。
たぶん俺は、どんな旭でも好きになるんだろう。
真っ白な旭と過ごしてみてそう思った。
旭が戻ってきてすぐの頃は二人の旭を比べたり重ねたりしていた。だけど最近は、意識が今の旭に向きつつある。まるで、今の旭で前の旭を上書きするみたいに。
俺が好きなのは前の旭のはず。小さい頃からずっと一緒にいて思い出を共有できる旭のはずなんだ。
その旭を過去の事にしまうのが怖い。
前の旭とやっていた事を今の旭とやって、それが当たり前になるのが怖い。
だから、旭から逃げた。
チャンスがきたんだ、って。
今度こそ旭は女と結婚して家族を持って幸せになるべきだ、なんて理由をつけて。
新たに芽生え始めた自分の気持ちを押し殺してまで。
「俺しか知らない旭を、俺が忘れちゃったら……俺が好きだった前の旭は、本当に消えちゃうだろ……」
「で、その和泉旭を消したくないから、今のあいつと距離を取ったってわけか。……馬鹿かお前」
「馬鹿でもなんでもいいよ、もう。だって、まだ間に合う。俺のことを好きなのは刷り込みのせいだ、って言える」
「……楓、そんな事言ったってな……、もう遅いんだよ」
冷たい声に驚いて静輝を見ると、静輝は目を伏せて苦しそうな表情をしていた。
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