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71.✧内と外
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✧✧✧✧
遅い?
そんなことない。まだ間に合うはず。
だってまだ……旭の記憶は全部戻ってない。
「いや、もう遅いんだよ、楓。お前はもうあいつから離れることなんて出来ない。いくら記憶がなくなったとしても、それがずっと好きで一緒にいたやつなら尚更。諦めて和泉の所に戻ってやれ」
「でも……」
「でも、じゃない。自分ばっかり引くんじゃなくて、折り合いをつけろ。どうせ、今の和泉には『好き』って言ってないんだろ?言ってやれよ」
「……言ってどうするんだよ?前の旭も好きなまま今の旭にそれを伝えるなんて、旭を苦しませるだけだろ!?」
今の旭は『自分だけを見てほしい』って言ったんだ。俺の中に前の旭がいる事に気づいているから。でも俺はそれを叶えてやることが出来ない。前の旭を自分の中から追い出すことなんて俺には出来ない。
声を荒げた俺を見て、静輝は傷ついた顔をしていた。
「お前らさ、記憶にこだわりすぎじゃない?あのさ、前の和泉が消えた消えないじゃなくて、隠れてるって考えればいいんじゃないの?」
「それって、どういう……?」
「事故のせいでお前の好きな和泉は内側に引っ込んで、お前の知らない和泉が表に出てきた。そしてお前はその和泉も好きになった」
「………………」
「こう考えれば、前の和泉は見えなくなっただけで消えてない。むしろ知らなかった部分も好きになれて良かったじゃん。……まったくの別人だと思うから、二人とも苦しくなるんだよ」
隠れただけで、何も消えてない。
思い出せないだけで、全部消えたわけじゃない。
静輝が言った言葉がじわりと心に沁みていく。
「今の和泉も前の和泉と同じなんだから、お前が好きになるのも当たり前。ちょっとお前の知らない和泉が出てきたから戸惑っちゃっただけだよ。……だからさ、和泉から逃げてやるなよ」
「……っ!」
「頑張ったな、楓」
静輝が微笑んでそっと抱きしめてくれた。
途端にじわりと涙が滲んで静輝の笑顔がぼやける。
「俺、もう旭から逃げない……。ちゃんと、旭と、話し合う……」
「ん。そうしてやれ」
「……静輝、ありがとう……」
「いいよ。楓が苦しんでたらいつでも助けるから」
そう笑う静輝の表情はどこか晴れ晴れとしていた。
「さて、和泉の件は一段落したし……市倉の誘いはどうする?何回も断ってるんだって?一回くらい行ってやれば」
「……そうですね。メールしておこう」
「…………気をつけろよ」
それがどういう意味かなんて聞くまでもなく、俺はただ笑ってスマホを手に取った。
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