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長山家
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「・・・・じゃあミナちゃんに宜しく。また皆でご飯食べに行こうって伝えてちょうだい」
「はい、ありがとうございました」
家の前で簡単な言葉を交わし、玄関前の階段を上ろうと足を踏み出した瞬間、別の声が長山を止めた。
「太一」
その声にゆっくりと振り返る。
「後でそっち行く」
長山の答えを待たずして走り去った車はそのまま住宅街を進んでいく。
それを見届けると、今度こそ家に入るべく階段を上った。
静かに玄関扉を開けると、消臭剤などで誤魔化していない自然体の匂い。
たかが半年ぶりのこの匂いがひどく懐かしいもののように感じる。
暫し感傷に耽っていると奥の方からドタバタと足音が近づいてくる。
それに溜め息を吐く。
「太ちゃん!」
「・・・・・・母さん」
奥からエプロンをしたまま走ってきたのは、20代と言われても不思議ではない可愛らしい女性。
指通り良さそうな黒く艶やかな髪、目は大きくぱっちり二重。
正真正銘長山の母親だ。
「疲れたでしょ?本当は私も迎えに行きたかったんだけど、太ちゃんの好物作るのに忙しくてだからアキちゃんにお願いしたんだけどやっぱり私も行けば良かったかな。そしたらもっと早く太ちゃんに会えたのにな」
「母さん」
玄関先で未だに家の中に上がることも叶わず、靴さえも脱がしてもらえない状態でマシンガンのように喋り続ける母親を、相変わらずだ、と思いながらそれを止めるべく口を開いた。
「とりあえず上がってもいい?荷物も整理したいし、着替えたいから」
そこで漸くそこが玄関であることに気づいたようで。
「あっ、そうね太ちゃん疲れてるもんね。ごめんね私ばかり喋っちゃって」
「・・・・それよりなんか焦げ臭いけど」
「ぇ、あっやだ、お鍋掛けっぱなしっ!」
慌てふためきドタバタと騒々しく奥へと駆けるように消える。
それに今日一番の溜め息を吐き、2階へと続く階段を上る。
その途中キッチンへと消えたはずのミナがひょっこりと顔を出した。
「あ、そうだ太ちゃん忘れてた」
「なに?」
「おかえりなさい」
「・・・・ただいま」
長山の返事に満足げに笑うとまたキッチンへと引っ込んだ。
階段の途中で暫しぼんやり立ち止まり、何度目かの溜め息が溢れ落ちた。しかし今度のそれはどこか安心したような、温もり溢れるものだった。
あの人には昔から敵わない、そう思いながら漸く足を動かし階段を上りきった。
階段を上ったすぐ先が長山の部屋だ。
ドアを開け部屋に入り担いだままだった鞄を床へと降ろすと、ぐるぐる肩を回し、部屋の中をぐるりと見渡した。
懐かしいその空間に息を吸い込み肩の力を抜く。
たかが半年、然れど半年。
ホームシックにかかった覚えなどなかったが、心のどこかでは寂しく思っていたのだろうか。
長山は荷物を整理するべく床に放置したままの鞄に手を伸ばすのであった。
どれくらい時間が過ぎたのだろうか、日の光によって明るかった室内は、今では電気を点けなければ心許ないほど薄暗くなってしまった。
「太ちゃ~ん、ご飯できたよ~」
久し振りのそれに短く返事をして階段を下りる。
ダイニングへと入るとすでにテーブルの上には沢山の料理が並べられ、さらに椅子には懐かしい顔が座っていた。
「おかえりなさい、父さん」
「ただいま、太一。久し振りだね」
きちんとセットされた髪は乱れることなく、すっきりと整えられた眉毛の下には涼しげな目。優しげに細められたそれは端整な顔立ちをより際立たせていた。営業として一日中外を歩き回っているが、定時には仕事を終え夕食は家族皆で食べる。
長山家の暗黙のルールだ。昔からの。
学校での出来事など何気ない会話をしながら和やかに食事の時間は終わった。早々に自室へと引っ込んだ長山はスマートフォンで時間を確認する。
それから徐に服を着替え始めた。
上から下まで夜に同化するような黒。
階段を下りて磨りガラス越しに声をかける。
あまり遅くならないようにね、と返ってきた言葉に適当に言葉を返して静かに外に出た。
日中の気温を残したままの外は夜になってもその蒸し暑さは健在だ。
コンクリート塀に寄りかかるように立つ同じく全身を黒で包んだ人影。
赤い髪だけが夜の闇の中においても異様な存在感を放っていた。
二人は言葉を交わすことなく夜の街へと姿を消した。
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