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犬の狗
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「アニキだアニキだ~。なんで?どうして?太一さんの犬だもんな。さすが俺のアニキだ~。あっにき~」
「・・・・・・うぜー」
すりすりと首元に顔を擦り寄せる裕人を柏木は苦虫を噛み潰したようなような顔で鋭く舌打ちを打つ。
引き離すことはすでに諦めた。
「あいかわらず懐かれてるね。何かしたの?」
「なんもしてねぇよ」
柏木は大きな溜め息を吐き胡座をかく自分に跨がる裕人を見下ろす。
いつからこんな風になったのか。
裕人にとっての一番は初めて会った時から他の2人と同じように長山だったはずだ。
それがいつしか柏木に懐くようになった。
頭を垂れ付き従うのは長山にだけだが。
裕人に特別何かをしたり言ったりした記憶もない。
これこそ柏木が危惧していたことだ。
そんな柏木を眺め倉橋が小さく息を溢す。
「ふふっ、まるで幼気な少年をたぶらかしているみたいだね」
「俺を性犯罪者みたいに言うな」
昴と朋は、どこから持ち込んだのか新品同然のソファに座る長山の傍、床にぺたんと座り飼い主に甘える犬の如く見上げていた。
それこそ飼い主の命令を待つ狗のように。
長山はその顔をじっくり眺め、そして裕人を呼び寄せた。
「裕人、そろそろ智哉ばかり構っていないでコッチにおいで」
「はーい」
すると柏木が何を言っても離れようとしなかったのが嘘のようにあっさりとその体は長山の元へと文字通り飛ぶように離れていった。
長山の傍まで来るとその前に座り同様に見上げてくる。
3人が3人ともキラキラした瞳で長山の口から音が発せられるのを今か今かと待っている。
その口から自分の名が呼ばれるのを。
「昴、裕人、朋」
それは甘美な響き。
一番のご褒美。
「俺に会えて嬉しいでしょ?」
こくこくこくと首がもげるのではないかと心配になるほど激しく振られる。
それに笑い、優しく言葉を紡ぐ。
「俺も会いたかった」
飼い主から与えられた甘い言葉に溢れんばかりの笑みを溢す。
それを遠目で見ていた柏木は眉をしかめる。
「おっかない顔してる。どうかしたの?」
「うるせぇ、解ってんだろが」
からかうように言う倉橋に舌打ちを返す。
「ふふ、君がイライラしてるのは誰に対してかな」
「・・・・チッ!」
再度舌打ちを打ち、柏木は長山とその狗達を見る。
正確には長山の前でぶんぶん激しく尻尾を振っている裕人を。
本当は裕人が自分の所へ来る理由も知っている。
柏木に尻尾を振れば長山は機嫌を損ねる。
長山は犬(狗)が自分以外に尻尾を振るのを良しとはしない。
それは正に好きな玩具を取られた子供のそれだ。
そんな飼い主の性格を裕人は熟知している。
だからこそ必要以上に柏木に懐いている風を装う。
これこそが柏木の弊害。
自分を出しにして飼い主の気を引く。
胸くそ悪い
だからこいつには会いたくなかったんだ
そんなことを今更思ったところで後の祭り。
それに柏木自身よく解っているのだ。
長山にお願いされればたとえどんな所にだって付いていくだろうことを。
腐れ縁だからとかそんなくだらない理由じゃない。
それは幼馴染みへ向けるたしかな熱情。
「はは、今にも突っ込んで行きそうだけど今は止めといた方がいいんじゃないかな。あの人凄く楽しそうだし。馬鹿なことしたら怒られるよ。今は大人しく待ってる方が得策だと思うけどな」
「解ってんだよんなことは。それよりお前の方が限界なんじゃないのか?」
「どういうことかな」
「いつもは静かに静観してるお前が今日はやけに喋るじゃねぇか。マジギレ寸前じゃねぇのか?」
「・・・・・・・・馬鹿だね。何を言うかと思えば、くだらない」
そんなのとっくの昔に越えてんだよ、小さく吐き捨てるように言われた言葉に柏木は鼻で笑った。
「結局、俺達はどうしようもないくらいあいつに依存しちまってんだ」
「・・・・・そうだね」
そう言いながら見えた視界の端には脇坂達の姿が映った。
いつものように言い争いをしていても常にその視線は長山へと向けられている。
その光景に薄く笑みを浮かべる。
「俺達は皆同じ気持ちだからね」
共有はしないが共感はする。
皆、考えていることは一緒。
いつだって、どんな時だって、自分だけを見てほしい。
その瞳に映るのは自分だけでありたい。
それは純粋な独占欲。
そんな想いを込めて倉橋は長山へと視線を向けた。
すると長山も此方を見ていたようでバッチリと目が合った。
倉橋は驚き目を離すことができず体を硬直させたが、長山からも逸らされることはなかった。
お互いそのままの状態で暫く不意に長山がふわりと微笑んだ。
「・・・・・ッ!」
息を飲み目を見開く。
一気に体温が上昇したような気がする。
血液はドキドキと穏やかに一定のリズムではなく、ドッドッドッドッと激しく迸るように血管の中を進む血流となる。
逸らされた瞳はいくら待っても再び合うことはない。
それを残念に思うと同時に、あの瞳を、目線を、視線を、自分だけのモノにしたいと思うのだ。
いつの間に、あの人にこんなにも恋い焦がれてしまったんだろう
倉橋は目蓋を閉じ、脳裏に思い描く。
あの漆黒の瞳を。
心に深く刻みつけるように。
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