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カミングアウト
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樹は真っ直ぐに対面している龍希を見つめると、
自分が、ソワソワし始めているのを感じてしまう。
その輪郭、太いとは言わないが、細すぎないゴツゴツとした手、ふわふわとして綺麗とは言えない髪の毛、
口元も肩も、男のわりには綺麗だとか、華奢だとも言えない程の、本当に、間違いなく、【ただの男】を目に写して、樹は改めて驚きを噛み締めた。
「……普通に……カッコいい男っすねぇ、龍希さん。」
樹の突然の呟きに、皆はポカンとそちらを見る。
そしてそのまま、ほぼ一斉に龍希へと視線が移された。
全員に見られて龍希が顔を赤らめるので、貴仁はあはは!と笑うと
「だろ?いい男なんだぞ。本当に。」
などと少しふざけて喜んでみせれば、龍希が「!!貴仁さんは面白がって言ってんだろ?!」と怒るので、真奈がきゃははと笑い、
それ、普通にノロけてますよね??
と、おそらく同じ意見で呆れ顔だった純也に同意を求める。
「貴仁が恋人自慢するなんて、珍しいな。……龍希くん愛されてるぞ?」
純也がそうやって、何の躊躇もなく言う事が、龍希の中でずっと消せずにきた今日という日の不安と恐怖を薄れさせた。
この人達は、ちゃんと理解をしてくれるのかもしれない。
そう思うと、自分は本当にとんだ思い違いをして生きてきたのかと、思えるのだった。
そんな、少しの喜びに口元が緩みかけた時、
樹があれ?!と思い付いたように突然口を開いた
「そう言えば、普通のしゃべり方っすね!」
「え?」
すっかり気持ちの鎧を脱ぎかけた時だったので、龍希も、何の探りもなく何のことかと聞き返してしまったが、樹の笑顔の言葉に、ふ、と脱ぎかけの鎧の襟を正す事になった。
「ほら、だって、おネェ言葉みたいなの、とか」
とは言え、この程度の事は、少し戸惑うものの、
当然の感想で、珍しい事でもなかったので、龍希はあはっ!と笑うと
「……あぁ!あぁ言うのは…何か多分勝手なイメージみたいなやつだし……」
などと、さもそれはあるあるネタだよと言わんばかりの返答をしてみせる。
まだまだ上手く鎧を着れているぞと安堵する。
その返答が何だか興味をそそったのだろうか?それはわかりはしないが、
樹の会話のトーンがのってきたのは確かだったのだろう。
「…あ、やっぱそっすよね!へー!でもオネェな人も同じホモ?ゲイ?なんすもんね??なんか……面白いっすねぇ!!」
その言葉は突然現れた。何の、悪気もない笑顔を添えて。
その責めようのない笑顔を前に、龍希は心の完全武装が間に合わなかった事に気が付く。
【自分は興味の対象だ。】違ったとしても、一瞬でもそう思えてしまった。ゾクリ、と恐怖が頭をもたげた。
無論、それは悪気も何も無い、なんて事ない会話な事は頭では解っていた。
解っていても、記憶はぐるぐると巡り、とんだ昔話を連れてくる。
普通じゃない。と言うカテゴリーに別けられるあの恐怖。普通こそが至上となる環境。
「………あはっ、そうですかね、面白い…です、か、ね……」
押し黙ろうかとも思ったが、ふ、とすぐ横で貴仁の表情が強ばったのが分かり、龍希は慌ててこのネガティブ思考の全てを消さねばならないと完全武装を試みる。
貴仁を守らねばならない。彼に気まずい思いをさせてはならない。ましてや彼の友人が言うことに傷付いた様子など見せてはならないのだ。
その思いに必死に笑おうとすればするほどに、
胸の真ん中らへんがぐぐっと締め付けられ、呼吸が早くなっていた。
「面白いっすよぉ!漫画みたいじゃないっすかー!どっちが彼女側なんすか??」
あぁ、ほら、こう言う事だ。
続けて放たれた樹による、変わらず悪気のない、寧ろ知りたいと思っての好意にも近い言葉が研ぎ澄まされた刃物に変わる。
勝手なイメージ。普通じゃないと言う考えの元、無理矢理普通へ落とし込もうとするからこそ出る思い込み。
ダメだ、何か気の利いた返答をしなければ
貴仁さんが不安がる。貴仁さんの友人を責めてしまう
けれどもそんな返答は出てこず、ならば。と、せめて必死に笑おうと、口角を上げてみたならば
呼吸が下手になってきた事に気付く
「………、や、そう言うの……は……」
だって自分は男なんだから、と言おうとして、いよいよ記憶が明確な何かを龍希へと見せてくる。
昔から必死に作ってきた普通の男性像。
男らしく、普通に、皆と同じであれ。
大嫌いな言葉なのに、それになる為に必死にしがみついてきた。
「……っ、こら!樹!黙れ!」
貴仁の表情が一変したことと、龍希の様子がおかしな事に気が付いたのか、純也が少しの怖さすら感じる口調で樹を叱責した。
しかし、それにハッとしたのは樹だけでは無かった。
龍希もまた、樹が叱責さるている事に、自分が上手くたち振る舞えなかった事を知らされるのだ。
「あっ、あの!何か、飲みますかっ??支度してきますっ、オレ……!!」
取り繕うような分かりやすい言い訳を吐き捨ててその場を去ると、
台所へと隠れるようにして逃げる。
過去、幾度も言われ、そうなる流れを必死に避けてきた言葉が頭をぐるぐると回った。
男らしくない、普通じゃない、どうしてそうなったの?
耳を塞いだ。
呼吸が速く、荒くなった。
加えて今は、愛する貴仁の友人が、同じく友人を叱責している。それを自分がさせてしまったのだと言う思い。
荒くなった息は、気付けば吸うも吐くも同時に行っているかのような過度に多い行為へと変化した。
きっと、貴仁が気まずい思いをしているのでは?そう感じると、早く建て直さねばと無理に呼吸を続けてしまう。
それは、過去の自分と今の自分が衝突して呼吸を下手にさせているようだった。
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