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カミングアウト
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貴仁はチラッと純也を見て無言で席を立つと、そのまま龍希の後を追う。
台所へ入ると食卓の影にうずくまるような姿を見つけた。
「……龍希、大丈夫?」
貴仁の声に龍希は「ごっ、ごめんなっさっ……!」などと、上手く最後まで言えない慌てる声を出し、そのままひっ、ひっ、と息を吸い続けている。
「……うん、樹の事は大丈夫だから。ほら、息を吸ったら、次はちゃんと、息を、吐くんだ、ゆっくりでいい、な?」
貴仁が、あえて単語を多く使って呼び掛けるのは、
呼吸の間を与えようとしての無意識の行動だ。
落ち着いている姿を見せる事が大切だと言う考えからくる行動だろう。
事実、その行動は過呼吸の状態には効果的である。
まだ、吸って吐いてを下手に行う龍希が必死に言葉に詰まりながら
樹さんは悪くない、小さな事を気にしすぎてごめん、と言うような内容の事を一生懸命伝えようとしているのが分かった。
荒い呼吸の中の言葉にならないような言葉だった
貴仁はまずは呼吸を上手くさせようと、背中に手をあてる。まるで、暖めるように。
そして、うーん、そうだなぁ、と前置きの後、言葉を紡ぎだす。ゆっくり。
「ねぇ、龍希、こう考えようか?
樹とお前、どっちが。ではなくて、ましてや、ゲイがノンケが、でもなくて。
これは、この国が……いや、そうだな、その他大勢が普通だ、という考え方が生んだ、【勘違い】だと思わない?」
この国?その他大勢?
急かすことなく、慌てることなく会話をしてくれる貴仁のその単語達を頭のなかで繰り返すと
不思議と、すっと息がしやすくなった。
喉につかえた何かが消え、スムーズな呼吸と共に、気持ちがゆっくりと落ち着いていた。
自分が気にしすぎているのではなく
相手が責めてきている訳でもなく
今までも今日も、何ともならないこの動悸や感情の流れは、全部自分の生きていた環境の問題ではないか?と、それは何だかとてもすんなりと理解ができて
落ち着ける切っ掛けには十分だった。
「……大丈夫、かな?良かった……。」
そう微笑み、額に軽いキスをすると貴仁は龍希をぎゅっと抱きしめる。
伝わる温度は、龍希にとても優しかった。
さて、まったくそれと同じ時の居間では、立ち去った貴仁を見送ると純也が早速樹へと向き直って口を開く。
が、そこから言葉が放たれるのを待たずに樹がそれはそれは弱々しく呟くのだ。
「……オレ、またやっちまったですね……」
「……ったく!わかってんならもう少し早く気付け!!」
純也の口調は強めだが声のトーンは少し押さえている。台所と、こことの距離を気にかけているのだろう。
樹が俯く中、でも……と真奈が異論をとなえる
「……でも、言い方悪いかもしれないけど、些細な事、でしたよ、ね?
確かに少し考えたら、解るけど、でも、樹さんじゃなくても、あれは言ってしまう人は多いと思うけど……」
実際、テレビでも良く見かけるし、あんな質問……と呟きながら、少し難しいなと思ってしまうわ。としょげる。
純也もそれに、まぁな。と頷き、樹の肩をぽんぽんと叩くと、言葉を続けた。
「……確かに、そんな事で?てーぐらいの事かもしれん。これは受け取り側の性格や生き方にもよってくるからな、難しいとこだろぅよ。でもなぁ、そこに胡座(あぐら)はかけんだろ。考えてみろ。同性愛云々でなくたって、元々セクシャリティな話ってのは繊細なもんだ。
その話題を口にしてるんだってぇ意識は、この場合、俺達の方が強く持って然るべきだ。勿論、これは別け隔てをしろって意味じゃなくて、だぞ?」
でもまぁ、難しいわな。
付け足された言葉は同時に樹の背中を押すものとなり、
「……ちょっと失礼しますっ!」
そう立ち上がると、樹はそのまま台所へ突入した。
……その、意を決した表情と、ピン!と伸ばされた背筋には、まさに突入と言う言葉が正しいだろうと思える勢いが有ったのだ。
「あ、あのっ!!龍希さんっ!」
たのもう!と言うかのように現れたそれはまるで武士道という言葉を背負ったような勇ましさ。
驚いたのは龍希で、貴仁はと言えば、
驚いたものの、すぐにそのなんとも勇ましい武士のような樹に呆れ気味の笑いが口元を緩ます。
「あっ、あのぉっ!!先程は!申し訳ありませんでした!!!」
そのまま、まるでどこかの大手百貨店のマニュアルに有りそうな何とも美しい角度のお辞儀をする樹に、思わず、
漏れそうになった笑いをぐっとこらえた貴仁は、
龍希の肩をぽんぽん叩き、後は頼んだぞと言わんばかりに、台所からそろりと抜け出した。
笑いが込み上げたのも本当だったが、ここは二人で解決させるべきと言う判断だろう。
一度出してしまった言葉は取り消せなくとも、それを回収出来るのは誠心誠意行われる迅速な行動だけと、ちゃんと理解を出来ているのが樹だと、貴仁は知っているのだ。
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