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カミングアウト
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「……なぁ、龍希、さっきの、その、俺の両親の話だけど。」
純也が帰ったあとで、貴仁は少しだけ真剣な面持ちで龍希へと切り出すと
龍希は台所で洗い物をしている手を休める事なく、何ですかー?と軽く返答をする。
その返答ですでに貴仁は龍希の気持ちの変化を感じていた。
あのカミングアウトの日から、龍希は少し変わった。
何か、落ち着いたと言うか、とても、何の疑いもなく、貴仁の恋人であると感じられる雰囲気が見られるようになった。
貴仁はその変化に驚きつつ、質問を続けた
「あれはさ、いつか、本当に会いに行ってもいいって事……かな?」
「……うん、そう言う事ですよ?」
そして再び龍希からの、落ち着いた返答がされる。
貴仁は、その様子に、少しだけ解りきっていながらも
思わず、怖くないのか?などと訪ねていた。
すると、龍希は振り向きもせず続けていた洗い物の手を止め洗い途中の食器をじっと眺めながら
「……勿論、怖いですよ。純也さん達みたいにはいかないと思うし。……他人の事じゃないもの、ね。」
そう呟くと、食器を見つめるその瞳は少しだけ真剣な色が浮かぶ。
そして何かを思い、ふっと笑うと少しだけどう形容しようか?と悩んだような言い回しで告げた
「……それこそ、あれですよ……貴仁さんは、関係ないだろって言ってくれるけど、絶対、関係なくなんて、無いもの、……子供の、事、とか。……ね?」
「…………!!」
真剣な声色であれど、やはりどこか落ち着いた雰囲気の龍希とは違い、貴仁はその言葉に分かりやすく息をのんだ。
いつもその事を龍希が気にするのを避けようと、
子供なんてそもそも好きじゃねぇしなと言ってみたり、関係ないさ。などと告げてきた己の、その言葉に隠してきた、逃げ以外何物でもない感情を見付けざるを得なくなったからだ。
「……そう、そうだよな……そうだ………」
全て、確信に近い何かを見ずに済むようにその問題に蓋をしていただけだ。
きっと、怖いのは自分だ。貴仁はそう思うと龍希が身に付けた強さに比べて、自分の拭い去れない弱さに、歯を食いしばる。
洗い物を止めた龍希は、貴仁のその顔を見ると、台所に手を付いたまま、何より愛しいものを見るように優しげに笑い
「……そんな顔、しないでよ。オレだって、何言われても、何があっても、強く要れる自信なんて、少しも無いですけど……でも、それでも、
きっと大丈夫って、思えるのが、強さだとしたら、それは貴仁さんがオレにくれたものですよ?」
そう言って貴仁へと向き直ると、近づき言葉を続けた
「だって、そう思えるのは、あなたが、自身の人生以上に、オレの事を愛してくれたから。で、それを、ちゃんと真っ直ぐにオレへ伝えてくれたからですよ?だからオレは、いくらだって前を向けるんです。」
目の前の、自分とさほど変わらぬ背丈のその男を、
貴仁はまるで自分が見上げているような、そんな気持ちになる。
優しく笑う顔が、視線が、
大丈夫だよ。と告げているようで。貴仁は、思わずその男の肩越しへと顔を埋めると
「……っくしょ。お前ばっかり強くなりやがって。」
と、そこから得られる優しさと愛情とに甘やかされたくなるのを、どこかで堪えて、強くあらねばと誓う。
龍希はそんな頑張って強くあらねばと思っているのを理解するように、その貴仁を受けとめ
「強くなんて、無いですよ、オレもあなたも。ただ、どんなに打ちのめされても、どんなに震えても守りたいと思える人が、隣に居てくれてる、それだけだよ。」
人の強さってきっと突然こうやって生まれるものだよね。
そう囁く龍希はそのまま貴仁の頭を幾度と撫でると
その愛しい相手の頭へそっとキスをする。
貴仁はその温もりに安堵しながら、そうだな。と頷くと自分の記憶に有る龍希の震える手を思い出していた。
カミングアウトをしたあの日も
もう終わりにしよう、と切り出したあの日も
告白をしてくれたあの日も……
何より、再び出会ったあの時も
遡る記憶の中で、龍希は幾度も、幾度も震える手を握りしめて、唇を噛み締めて
踏ん張って、踏ん張って、頑張っていた。
「…………。」
無言のままに、
あぁ、こいつはすごいなぁ。と思うのだ。
貴仁はしばらく、親に抱きしめられる子のように龍希に抱きしめられていたが、
「……ねぇ、貴仁さんのご両親て、どんな方?」
突然の龍希の質問に、少しばかりムードと言うものが希薄になり、その状態が気恥ずかしくなると、龍希から離れつつその頬へありがとうの気持ちの軽いキスをして、
そうだなぁ。と自分の両親を思い浮かべながら煙草を口にして、縁側へと歩き出す
「あー、あれだ。絵に描いたみたいな、日本の親だよ。父さんは口数少なくて、真面目で。母さんは父を支える人で、優しくて厳しい人だな。」
龍希はその言葉の中に、少しだけ意外な所を発見し、目を丸くしてみせた。
それに気付く事もなく貴仁はさらに続けていく
「あ、でもまぁ、行くにしてもどうあれ、かなり先になるよ。父さんは完全隠居のくせに、まだまだ会社に顔出すみたいだし、兄貴も跡継いで6年経つけどまだまだ社長業で手一杯だろうし、ベストなタイミングじゃない。」
さらりと言われた1つの単語に、龍希は先程発見した意外だと思った所の答えを見付けた気がして、え?ちょっと、待って!と言葉を遮る。
「……貴仁さんの実家って、何?何かの会社?お父さん社長さん?」
そうなると、先程龍希が気になった、貴仁の両親の呼び方の意外性も納得が行くと言うものだ。
そう。何となくだが、貴仁の雰囲気からだと、両親の事をオヤジ、オフクロ、などと呼びそうだった所を、父さん、母さんと呼ぶのだなと言うのを龍希は先程、意外に感じていた。
それが、そこそこ裕福で、しっかりとした家の育ちだとなれば何となく納得がいく。
「あれ?言ってないか?俺……えーと、……会社名だけど……あー、俺の苗字の読み方変えてみてよ、わかんねぇかな……本に関係する会社だけど、さ。」
龍希にはもう伝えてあると思っていた貴仁は、
少し言いにくそうに、頭をガシガシとかき回しながら自分の苗字を思い出させる。
「……え、苗字?……あらいだ……新井田だよね?本の会社で……新井………あ、読み方変えて?…に、ニイダ……え???………えぇ?!………?!え、うそ?!」
龍希は貴仁の苗字を思い浮かべながら辿り着いた1つの答えに大声をあげる。それほどまでにそれは、誰もが知るような大手出版会社の名だ。
「……そ。ニイダ出版。わりぃ、もうお前がガキの時にでも、話してると思ってた。苗字の本当の呼び方はアライダで合ってんだけどな、会社は呼び名変えてて、ニイダ。兄貴が、跡継いでくれたもんで、俺は昔からやりたかった今の仕事させて貰えてるってわけ。」
龍希はあまりに有名な会社の名にしばらく言葉を無くすほど驚いた。が、そこへ男の自分が、挨拶か、などと考えだしたなら、怖さと驚きと同時にあまりに可笑しくて、笑いが込み上げ、あはは!と大きく笑う
「待ってよ!そうなると、ご両親に会いに行くのは、かなり前もって心構えをちゃんとさせてよね?!」
「……怖い?」
聞き返す貴仁を、当たり前だろー!と笑いながら拳を作るとポーンとパンチをしてみせた龍希は
にかっと笑い、それでも大丈夫だよ、と伝える。
貴仁はその笑顔に変わらない気持ちを感じ、ふふっと笑うと、
その男の額に小さなキスをしながらやはり思うのだ。
あぁ、やっぱり、こいつはすごい。と。
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