アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2人で珈琲を
-
このタイミングで良かった。
おそらく二人ともがそう思っただろう。
それだけこの話題は
龍希にとっては、話しそびれたならばずっと話せなくなっていたかもしれないし
貴仁にとっては、聞きそびれたならばそのまま龍希は1人でそれを抱えたであろう内容だった。
龍希の、どこかネガティブさを脱せない性格は幼い頃からの家庭環境の影響が多いという事は明らかなのだから、
この話題は二人にとって接し方を誤れば惨事を招きかねない話題なのである。
現に、今でも龍希は施設に連れていかれた日の夢を幾度も見る。
あの日が、ものごころついてから初めて母が手を繋いで歩いてくれた日だった。
龍希の為に彼に虐待を繰り返す夫との別居を選んだ母。
それでもやはり夫への愛が龍希へのそれより勝った母。
龍希の顔を見る度に、愛する人と共に居られない現状を作る彼を憎らしく感じてしまうのを避けようと選んだ施設。
我が子を想うがゆえに取った行動な事に嘘はない
遊びに行こう。と手を繋いで施設へ行った。
ここで少し待っていてねと離した手は帰って来なかった
それともうひとつ、父の夢を見た日は決まってひどくうなされる。
台所の隅っこにうずくまったまま、父を見上げた幼い頃の光景だ。
楽しそうでも無く、憎らしそうでもなく、ただただ、何もない表情で自分へ湯をかけ続ける父を見上げた。
触れば少し熱い程度のそれでも、動かさず同じ箇所へ、それが30分もすれば低温のやけどとなる。
そして、龍希の左肩には今も黒ずんだ火傷跡と、そして押し付けられた煙草の跡がある。
それは虐待だよ。と後に人に言われて、初めて彼はそうなのかと思った。
けれども同時に、そう言われるのが酷く嫌いだった。
龍希は父を愛していた、父もきっと自分を憎んではいない。と、信じている。
誰が何と言おうとその考えは変わらない、なのに誰もが皆、父をそして、その父を変わらず愛する母を、悪く言うのが嫌だった。
自分の愛する家族なのに。
けれども、貴仁は違った。
初めてちゃんと身体を重ねた時、やけど跡を見せ、父の話をした。
貴仁はしばしこれ以上有るかと言うほど何かを憎む瞳をしていたが、龍希の気持ちを聞くにつれ、瞳からその憎しみだけを消してくれた。そして言った
良い事では、無い。でも、
お前が、家族と暮らした記録だね。
龍希の両親の事を悪者にもせず、かといって許す表現ではなく、ただ、彼の得てきた記録だと言った。
息をして、泣いて、笑って、家族と暮らしたあの頃の記録だと。
それは、例え誰に間違っていると言われようとも、まるで愛する家族の痕跡のように思わせてくれた。
龍希は自分の中の何処かで理解してきた、
「本当はきっと、両親に愛されてはいない。」
と言う現実を受け止めながら、それでも両親を悪く言われたくない、やり場のない気持ちを全て汲んで貰えた気がして、その日は何度も何度も貴仁を求め、そして抱かれた。
貴仁はその日の事を思い起こしながら、
龍希と父親との関係の重さを認識し直すと、父親が帰ってくるかもしれないと言う事実の大きさに改めて眉間のシワを増やした
「それは、誰が?」
訪ねると龍希は、「母さんだよ」と、貴仁の想定した最悪のパターンの答えを返してきた。
母親が言っていたなら遅かれ早かれ、帰ってくる事は事実で、おそらくは別居も解消といった所だろう。
以前、父親が1週間程度だけ龍希の実家に戻っていた事が有ったが、その間、実家へ近付こうとしなかったし、何より寝付きがかなり悪くなったので、完全に帰ってくるとなると、どうなるのだろうか、と貴仁が心配するのも無理はないと言えよう。
龍希はと言えば、横に置いた本から栞を取ってみたり、再び挟んでみたりと、読むわけでもなく本を開いていて、それは何か気を紛らわそうと一生懸命なように見えた。
「大丈夫か?」
思わず慎重に言葉を選ぶように訪ねる貴仁に返ってきたのは、龍希の笑顔と「うん、大丈夫。」の言葉。
「……そうか…それなら……」
それなら、いいけど。と、定型文のように出かけた自分の反応を、
まてよ、それじゃあ、ダメなんだよ。と言う思いが押さえ込む。
そう、それじゃあ、ダメなのだ。もう、俺は今日までの俺と同じではいけない。
明日も、明日までの俺と同じではいけない。
毎日、毎日変わってみせるし、がむしゃらにでもなる。と、貴仁はそう決めていた。
だから、その龍希の笑顔の本当の意味をしっかりと考えよう。と、とりあえずその両の手を伸ばし、
「……龍、ほら、おいで。」
と、微笑んだ。
それは何時もの優しい仕掛け。
龍希は、少し驚き、視線はその伸ばされた腕をたどり、そこにある貴仁の胸元で止まる。
自分を、受け止めてくれる場所だ。
何故、大丈夫と言ったのに……
自分の心も全てこの人には見えているのだろうか?と、その最愛の男の腕の中へ、そして肩口へ顔を埋めて温度を感じる龍希と、
龍希が無言で来てくれたなら、大丈夫でない証拠なのだから、と、その間に龍希への最善の言葉を探して居る貴仁。
仕掛けられた罠は2人が2人の事だけを大切に想って作られた幸福の罠だ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
84 / 90