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2人で珈琲を
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「……なぁ龍、この家、出てもいいんだぞ?」
そうやって仕掛けた罠の合間に貴仁が探した言葉は
龍希からしてみたならば、
貴仁が決して言い出しはしたがらないだろうと思っていたそれだった。
この場所は、
貴仁に翻訳のいろはを教えてくれた祖父の家であり、婚約者の香菜子と過ごした家でもあり、
庭や玄関には今も香奈子の育てた草花達が咲き誇る家だ。
貴仁にとっては、家を出る選択肢は、
すぐに思い付いても、
すぐには提案できないものだろうと
龍希は考えていた。
なので、その思っていた以上に早い決断に思わず驚き、少しだけたどたどしい言い方で
「それは、ダメだよ。ここには、まだ香奈子さんが居るじゃない。」
と、答える形となったが、貴仁が出した答えはこんなものだった。
「……ありがとう龍、でもな、大事なのは香奈子の話じゃない、今は何よりお前だよ。」
もう、最近では自信を持って感じてこれていた事だったが、
それでも、これ程ハッキリと、
誰よりも大事にしたいのはお前なのだよ、と解るその言葉は、龍希にとって、ぞくぞくっとするほどに嬉しいものだった。
頬が赤らむのを感じたし、口元はニヤニヤとしてまいそうだった。
そのわかりやすく喜んでいる龍希の顔を覗き込む貴仁は、こちらもやはり、ふふっと嬉しそうに笑む。
そして貴仁は、そのままさらに驚かせる提案をした。
「……今からする提案は勿論、例えばだけどさ。俺は国外に友人も多いつもりだ。暮らすのがこの国でなくても、そこまで難しくないぞ。」
お前は今の仕事が好きだし、無理な話かもしれないけどな?と付け加えたそれは、
例えばと言うにはリアリティを帯びて聞こえた。
「……え。」
気付けば想定したよりもずっと安定した強さの言葉をくれている貴仁への驚きをそのまま言葉に出した龍希は、その男の顔を見る
見てなお、驚きで言葉を出せない龍希に、貴仁は、可能性の話な。と小さく笑うと、
「この国でない方が暮らしやすい事が有るのは悪い事ではないぞ?」
確かに、そうだ。現に知人にはすでに外国でパートナーを見付けて、LGBTやPRIDEの活動を積極的にやり始めた者も居るし、
元より籍を入れたい為にパートナーと永住を選んだ者も居る。
勿論まだ全米でとはいかなくとも、この日本と言う国よりは何倍も、何十倍もゲイという事を自然に生活がしやすいのは確かだ。
「……うん、本当だよね、きっと外を手を繋いで歩けるね、
映画のチケット、手を繋いで窓口で二人で一緒に買いたいし、
洋服試着して、カッコいいね!これは?とかってショッピングしたい
やっぱり1回くらい、外でキスしてみちゃいたいよね?!
それに何より、パートナーとして認められるよね。家族になれるって、すごい。それってきっと幸福なんだなと思う。
うん、すごいな、貴仁さんがこんなに考えてくれるの、すごく嬉しい。」
外で、買い物先で、仕事場でも……想像したなら、やりたくても、又、本来は誰も訝しく思わないかもしれない事でも、
気にしてしまい、無意識に避けていたシーンが幾つも出てきた龍希だが、
そこで貴仁を真っ直ぐ見つめて、
無理のない本当の感謝の笑顔を向けると、さらに続けた
「でもね、でも、やっぱりオレ、この国が、この家がいいな。
大好きなんだ。香奈子さんと3人で過ごしたこの家も、この庭も、木蓮の木や花も、
それに、……確かにマイノリティなものを何でもすぐに異端とするこの国には、オレ達にとって壁が多いけど、
でも、やっぱり、壁に囲まれながらでも、
大好きなこの国で、ゲイとして生きていたい。
日本って、弱い部分も、面倒くさい部分も沢山だけども、凄く美しい国じゃない。大好きだ。」
その笑顔は本当に嬉しそうで、でもどこか、
馴れなくてもいい事に馴れてしまっている哀しさもあって、美しかった。
この国で壁に出会ったからこそ産まれたであろう、その笑顔こそ、この国でと願う理由の全てでも良いと思える程だった。
ここまでこの国でゲイとして生きて来た。
何度歯をくいしばっただろう。目の前をぐらぐらと揺らして来ただろう、
そして今、この国で得たこの幸福を見たときに、
それは、この先もこの国でずっとそうでありたい。そうしていきたい。と言う答えとなっていたのだ。
貴仁はそんな答えを抱える龍希を見つめ、何とも言えない幸福感に満たされながら、無言で大きく頷くと、
「……なら、親父さん戻る前にお母さんにはカミングアウトをする?どちらにも、必要無い?」
その流れで気付いた事を、貴仁は訪ねてみた
龍希はうーん、と少し考えたが、大して必要性を感じないかのように
「母さんには、いつでもいいよ。言わなくてもどっちでも同じじゃないかな、そんなにオレに興味無いと思うし。」
少しだけ色あせたような笑みと卑下した言葉は、この話のこれ以上の必要性の無さを申告していた。
また今度でいいよ。と、言うようなそれに、論ずる事なく素直に応じるような、軽い笑いと頷きで話の終わりを承諾すると貴仁は、
「……あれ?お前、そっちのその本、読んだのか?」
ガラリと声色も会話も変えて縁側に座る龍希のその先に置かれた何冊かの本の1つを指差した。
それは外国のファンタジー小説で、その答えに龍希は
「あ、これ?うん、これは面白かった!」
貴仁さんの翻訳じゃあないけどね、と笑う。
「……ふふーん、あのなぁ、これはまだ今、勝ち取る為にアピール中なんだけどなぁ、この作家の次のシリーズ、俺の翻訳の可能性が………」
「………!!!え!うそ!!映画とかなっちゃってる作家さんだよ?!マジで?!え!すげー!!!」
えー!えー!と悲鳴のような声をあげる龍希へ、
まだダメになる可能性も半々だよ。と笑い、
貴仁は真っ直ぐと愛するパートナーの瞳を見つめた。
それは絡まるように熱い視線で。
そのパートナーである龍希は、先程までのあんな話から変えて一気に笑顔をくれるその男の瞳を見つめ返す。
「……じゃあ、じゃあさ、もし貴仁さんが、その翻訳の仕事決まっちゃったらそれこそ今より顔合わせられなくなっちゃうね……?」
そう言って少しだけ、何かを誘うように悪戯に光る龍希の瞳に浮かぶメッセージを読み取ったのか、貴仁は龍希の指へ自分のそれを絡ませ、ぐいっと顔を近付けた
「……そうだな、じゃあ、そうなる前に、お前を、目一杯愛しても、いい?」
絡めてきた指をなぞるような龍希の指の動きを答えに、
突き上げるようにされたキスは、瞬時にして、激しく、その唇にむしゃぶりつくものへと変化した。
「……ふっ、……っ」
漏れた吐息のような声は縁側から庭へと転がり
絡まり合う舌が鳴らす、湿度を帯びた音が
2人の脳をとろけさせるようだった。
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