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珈琲は苦く…。
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施設へ向かう道のりは、電車を乗り継いで1時間半程度だ。
車で行こうか?と言う貴仁に、龍希は電車がいいと伝えた。
それは、龍希が電車で流れる景色を眺めながらのんびり行くのが好きなのが勿論の理由だろう。が、
母に連れられて初めて施設へ行った日も、迎えに来た母に連れられて家へ帰れた日も、
きっと、電車だったのだろうな、と貴仁は思う。
「なぁ、龍希、今日の泊まる場所さ……ちょっと一緒に行きたい所が有るから選んだんだけど……」
貴仁は、今日施設へ挨拶へ行った後、そこからは少し離れた所へ泊まる宿を予約したのだ。
その理由を伝えようと、
少しだけ慎重そうに、けれどもとても落ち着いた口調で言い出した
ボックス席の窓際を選んで座った龍希を、その先を流れる景色ごと瞳へと写しいれた
景色を見ていた龍希は窓ガラスへ写った貴仁がこちらを見ている事を確認すると、ふりかえり
「……へぇ、珍しい!何処?」
決して、自分の意思を伝えないと言うのではないが、いつも必ず龍希の行きたい所でいいよと言う貴仁が、
そんな事を言い出すのが珍しくて、龍希はどこか嬉しそうだ。
「うん、あのな、……香奈子に、会いに行かないか?」
どこの本屋さんだろう?ぐらいに考えていた龍希は、その言葉の意味を数秒考えると、目を丸くして、
今、自分の隣に座っている、香奈子の元の婚約者であり、今の自分の最愛のパートナーである男の顔を見た。
「……一緒に?……いい、の?」
龍希がすぐにそれを訪ねたのには理由が有る
貴仁が自分の気持ちに応えてくれてから同じ季節をもう2回は過ごしてきた、
季節によっては、3回目を過ごしているが、それでもまだ、龍希は香奈子の命日も、彼女が眠っている場所も知らなかった。
ただ、毎年、貴仁が決まってやや神経質になり、
朝から口数も少なく1人、何処かへ出かける冬のあの日が、おそらくはそうなのだろう。と思ってはいたが、
貴仁が言ってくれないのならば、自分からは聞いたりしない。と決めていた。
何故なら、自分へそれを伝えないのは理由が有ると思ったからだ。
その日ばかりはきっと、叶わなかった彼女の夫として過ごしたいからだろう。龍希の考える理由はそんなところだった。
そして同時に、理解はしながらも、せめて1度でもいいから、一緒に墓参りをしたいと思う、それが少しだけの悩みだったからだ。
命日の墓参りを誘わないできた貴仁に理由が有ったのは確かだったが、
それは決して、龍希を蔑ろにしているのでもなく
しっかりと龍希との未来が見据えられ、
しっかりと恋人であると自分で自信を持てるまで……と感じていたからで、
龍希が考えているような理由等では無かったのである。
そして今こそ、ちゃんと彼女の眠る墓前で、この最愛のパートナーを彼女へ紹介しよう。そう決めたこの旅だったのだ。
「遅くなったけど、香奈子に、お前との事をちゃんと伝えたいんだ。いいかな?」
そう言う貴仁の笑顔はやはり優しくて、それを見つめて、龍希は少し鼻の奥がつんとなる。
あぁ、自分は、この決して遠出をする訳でもない小さな旅で、本当の本当に
この人の恋人になるのだ。と何故だか思えて
滲む涙を誤魔化せもしていない笑顔で
「ヤバイ、すっごい嬉しいや……」
と、喜んでみせる。
これまであまり聞き馴染まなかった、
ヤバイと言う単語を、
すっかり耳に馴染んでくる程に多用するその男の顔は
貴仁を少しばかり驚かせた。
思わず泣けてしまうほどに?と思えたからである。
無論、龍希が香奈子の事を常に気にしているのは理解しているつもりだったが、
そこには自分の思う以上の感情があったのかもしれない。
貴仁は思った
そうか、この男は、こんなにも彼女という存在を、
自分と恋人になるにおいて大きな事に感じていたのだ
きっと、姉のように慕っていた彼女の事が、大好きで、憧れで。それでも時に疎ましく、嫉妬して。
亡くなった事を悲しみ、どこかでその死に安堵する、そんな自分を嫌悪して。
そう考えたなら、自分はどれだけ不用意に彼女の存在をちらつかせては、知らずにこの男を不安にさせてきたのだろうかと、貴仁はチクリと胸を痛めた。
同じ男で、対等で、普段はまるで友人のように過ごしても
それでも、やはり、
彼は自分の恋人だ。自分は彼の恋人なのだ。
そんな当たり前の事を自分はまだ、当たり前に思えていなかったのだと痛感した。
なんて、失礼な気持ちでいたのか、と。
「……うん、待たせたんだな、ごめん龍希、俺は、まだやっぱり、対等である事に怯えているのかもしれないよ。」
過去に貴仁は、龍希を本当に己の恋人だと受け入れた日、
対等で有ることが怖かったと、それまでの気持ちを述べた。
それは、すっかり恋人となれたと思っていた今でもやはり、変わらないのかもしれない。
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