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木蓮の庭で。告白
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貴仁の家に行くようになった龍希はもっぱら香奈子と会話をした。
彼女の事は大好きだった。
けれども、
そんな日々を過ごすうちに、龍希が貴仁の存在を気にしだしたのは言うまでもない。
普段はあまり香奈子と龍希との間に顔を出したり、
意見したりはしなくとも
どんな時でも、何があったかまで見ていてくれる。
貴仁は、ぶっきらぼうで無口な所もあったが、
たまに覗かせる笑顔は、龍希の感じた事のない愛情に満ちていた。
むろん、それが香奈子に向けられているものだという事は解っていた。
解ってはいても、その笑顔に恋をする想いを止める事は龍希には出来なかった。
自分へ向けられる笑顔とはまた少し違う優しさに彩られたそれを、見ていたかった。
見る度に心がときめいて嬉しくて、優しくなれた。
けれど、同時にそれが自分に向くことは絶対にないのだと言う現実に胸を痛めた。
恋だった。
自分の身体のどこか、奥からぐっと湧き出る、むせかえるような重さの「何か」
それを胸の真ん中らへんが受け止める感覚。
自然に受け止め、その「真ん中らへん」で泳がせていられたのならば、
それはワクワク、ドキドキして心地良く、
逆に、押し返すように、押さえ込んだのならばその「真ん中らへん」は、チクリと痛み、
ジワジワと次第に広がり、鼻の奥がツンとなった。
相手が男である。
そして、それ以前にきっと結婚の約束もしてるのだろうと思える女性が居る。
そんな、確実に未来の無い想いでも、高校進学を目前にしていた頃の龍希は止められずにいた。
好きだった。
気付けば貴仁を目で追う程に。
目で追うものの、気付かれて瞳が合えばそらしてしまう程に。
恋をしていた。
………どうだろう、同じだと、思って貰えるだろうか?
あなたの知る恋心と、同じかもしれないと、
今少しだけでも、思ってくれていたのではないだろうか?
そうだとしたのならば、私は嬉しい。
話を戻そう。
そんな日々を、あまりの未来の無さにもう無理かもしれないと、もう終わらせるべきだと龍希が思い始めたある日の夕方。
貴仁と龍希2人だけの時だった。
縁側に座りながら貴仁が言ったのだ。
「俺な、香奈子と結婚しようと思ってるんだ。」
それは、解りきって居ると言えばその通りの告白だった。けれど、龍希には心の中に少しだけ大きな風が吹く、そんな告白だった。
香奈子の大好きな木蓮の花が、庭で夕日に染まってうっすらと橙色に光る景色が綺麗だった。
龍希は同じように座っていた縁側から庭に降りると、貴仁を見つめて
「おめでとうございます。」
と、祝福をした。
そして、そのままの笑顔で
「オレも貴仁さんが好きです。」
と、告白をしていた。
おそらく初めて目を逸らさずに、真っ直ぐに貴仁を見つめた日だったろう。
すると、貴仁は少し驚いたような顔をすると、
「……俺も、龍希の事は好きだよ。」
と、返してきて、それは龍希の心を痛めさせるのには充分なものだった。
胸の下の方から湧き上がる何かを、同じく胸の真ん中らへんが受け止める。
幾度となく味わったその感覚が、その日は大きく、けれども、何故か暖かく優しく思えた。
それをどう受け止めるかと気持ちを惑わせながらも、
龍希は
「……うん、でもね、オレのは貴仁さんのそれとは、違う意味。」
そう伝えると、龍希は自分でも驚くほどに自然に笑うことに成功していた。
「……え?」
貴仁の聞き返す声を聞くか聞かないかというタイミングで、背を向けた龍希は、
「……ごめんなさい、大好きです。」と呟くように伝えると、そのまま貴仁の反応を確かめる事なくその場を去ったのだ。
貴仁に、最後に見せられたらのは笑顔。
そして、その場を立ち去って笑顔を作っていた瞳からとめどなく流れたのは、
あまりに大粒の涙。
幼い頃から禁じてきた、泣くと言う行為
忘れかけていた涙と言うモノ
それは止まる事はなく、
押さえることも受け入れる事も何も解らなくなった感情が、
好きなのに、好きになれない。意味の解らないその恋に涙として現れたかのようだった。
龍希高校生の春。美しい夕日の中での事だった。
そして。
それから8年後、26歳になった龍希は、
再びこの家へ、来る事になるのだった。
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