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第1章「再会」
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「龍ちゃんその後調子はどう?上手くやってるの?」
明らかに女性のそれとは違う声色ではあるのに、
明らかに女性らしい口調の声が、龍希の携帯越しにその耳に飛び込む。
「……うん。だいたい毎日行ってるかな…。大丈夫、楽しいよ。」
その声に龍希は馴れたように返事をする。
すると、携帯越しの声が、
本当にィーー?アタシ心配だわぁー!!
と、ひときわ大きく返ってきた。
彼……いや、「彼女」と形容すべきなのか?とも思うのだが、女性になりたいタイプのそれでも無いため、ここはひとまず彼と形容しよう。
彼の名前は 雨崎健一。
ケンイチ と、正しくその名を呼ぶと怒るため、皆は彼を「けんちゃん」と呼ぶ。
……ので、「彼女」と形容しなかった分、名前はせめて、ここでも「けんちゃん」と呼ぶことにしよう。
いわゆる オカマ だったり、 オネェ だったりと呼ばれる類のけんちゃんは、龍希にとって大親友だ。
いや、もう家族のような存在かもしれない。
実の母親と馴染めず生きてきた龍希には母親のようでも在るのかもしれない。
「大丈夫だって言ってんだろぅ?心配しすぎ!けんちゃんは!!オレ、これから夕飯作るんだから!もう切るよ?!」
龍希がまるで、母親に呆れる息子のような話し方で対応するのが、何だか微笑ましくもあり、
2人の関係が解るようだとは思わないだろうか?
「いやだ!!夕飯?!龍ちゃんがご飯作るの?!信じらんないっ!!」
夕飯という単語に元々テンションの高めのその声がさらに上がって聞こえる。
龍希は、その声に、あからさまに眉をしかめると、
携帯越しにまだ、
「いい?龍ちゃん、出来ない事は出来ないって言うのも大切よ?………聞いてる??」
と、会話を進めたがるけんちゃんを無視して
「はいはい!切るねー!!じゃねー!!」
と、問答無用にそれを切った。
いつものやりとり。
高校を出て実家からそんなに遠くないとは言え、1人、都内で暮らし始めて間もない頃からの親友であるけんちゃんは、
龍希にとって始めてできたセクマイの友人であったし、
何かと世話を焼いてくれる彼を、龍希はとても好いている。
さて、ここで龍希が話していた内容に目を向けてみたいと思う。
先のけんちゃんとの会話で、「毎日来ている」場所がある話をしていたが、
その場所こそが、他でもない
あの「忘れられない大好きな人」貴仁の家なのだ。
事の発端は、数ヶ月前に遡る。
龍希のもとに母親から電話があった。
あまり母から連絡が入ることが無かったので、少し驚いた事をよく覚えていた。
出てみると、母はさらに龍希を驚かせる名前を口にした。
「お隣の、新井田さんって覚えてる?お爺ちゃんでなくて……お孫さんの、貴仁さんの方。」
もう、その名を忘れたいと思い続けて8年がたつ。
ひどく久しぶりに人の口から彼の名前を聞いて、それだけでも龍希の胸がドキリと跳ね上がった。
「……うん、覚えてるけれど。…何?」
胸の高鳴りは治まる事なく続いたが、
次に母が告げた言葉に、それはいよいよ止まらないモノとなった。
「今ね、ここにいらっしゃるんだけど、私も今お話聞いたのだけどもね、龍希にも直接伝えたいからっておっしゃるから、電話したの。今、貴仁さんに変わるわね?」
え…?!と、言う声は出なかった。
思考が止まっていて、胸の高鳴りは強すぎて痛いほどになっていた。
そして、何の気持ちの整理も付けられぬまま
大好きで、大好きで、8年間もの間ずっと、
せめてもう一度、と願ったその声が、龍希の耳に届いたのだ。
「ーーーーもしもし?龍希……くん?」
息は、少なくとも数秒は止まっていただろう。
何と形容すべきか?
胸の奥の方から、ずしりずしりと重く、しかし早く、強く暴れるように鳴っていて。
痛くて、苦しくて、
ようやく息をする事を思い出したと、同時に
龍希は小さく、お久しぶりです。 と、呟いた。
その一言がまるで、限界のように。
「……うん、久しぶり。あのね、用件だけにするけども…」
貴仁の声は優しく、落ち着いていて、耳に届く度に龍希の胸の縁を、とろけさせるように暖かく響いた。
こんな時、つくづく人の心は脳に有る。と言う説を、
いや、それはやはり違い、
人の心とは、この胸の真ん中にこそ、有るものだろう。
などと思える。
そんな、少し痛いけれども優しく暖かな気持ちは
貴仁の伝えてくれた、その「用件」で、殆どが崩れていった。
一息ついた後、貴仁は言ったのだ。
確かに。
「香奈子が、亡くなったんだ」と。
そう、伝えたのだ。
しかも、もう亡くなって2年になると。
龍希は、後頭部を何かで強打されたような感覚が全身に走るのを感じた。
理解がすぐには出来なかった。
香奈子さんが、死んだ。事故だったらしい。
どうやって理解をすべきかも解らずに黙ってしまった。
「……龍希、ごめん、言わないでいて……」
言葉を失った龍希に届いた貴仁の声はそれでも変わらず優しく、
龍希はハッとした。
言わないでいた訳じゃないのだろう。
この人が、彼女の死を受け入れるのに、要した時間こそが、2年なのだ。
そうだ、龍希は知っていた。
この、貴仁という人が彼女を愛していた時間を。
彼女に向けていた笑顔を。
嫌と言うほどに知っていた。
彼の2年間を、ほんの数秒考えただけで、
龍希は、鼻の奥がツンとするのを感じた。
物凄く久しぶりに、涙が零れるかと思った。
むろん、零れる事はできず、その代わりなのか、
喉の奥がクッと鳴った。
「…なんで、謝るんですか。辛いの…貴仁さんでしょう?」
自分で、その人の名前を口にした。
それだけで、胸が高鳴る。
苦しくて、苦しくて、脳も口も息の仕方を忘れたようだった。
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