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肉じゃが
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龍希は、自分の中で色々なものが崩れて行くのを感じていた。
大好きな、この人と再会してから3ヶ月と少しの間。
想いを隠すのは辛くとも
それでも、側に居られるのなら、全てを我慢できた。
できたはずだったのだ。
驚く顔が好きで、
初めての料理を頑張るのも楽しかった。
香奈子さんに教えて貰った貴仁の好みの珈琲豆。
新しい趣味ができるかも、と思えるくらいに珈琲豆専門店に詳しくなった。ワクワクして珈琲豆を選んだ。その時間はとても幸せだった。
その幸せな時間を自分で終わらせようとしている。今。
「……オレはね、セクシャルマイノリティってやつです。
ゲイって言った方が解りますかね?…男の人が好きなんです。……そして、あなたを愛してしまったんだ………ごめんなさい……」
頭の中で3ヶ月を振り返りながら告げた言葉。
自分で発したその言葉に、謝罪の言葉が入っていた事に気がついて、龍希は口元の微笑みが消えるのがわかった。
思わず俯き落とした視線に入った自分の手。
指には、昨日の絆創膏が変わらずヨレヨレになった姿を見せている。
──あぁ、そう言えば今日は指、怪我しなかったな。
ふと、そんな事を考えてしまう。
──肉じゃが。冷めるじゃんか…あ、でも冷ました方が味が染み込むって、聞いた気がする…。
何も関係のない、そんな事を考えているのに胸は更にキリキリと痛む。
──じゃあ、今頃美味しくなってるんじゃん?
ポタリ
と、瞳からひと粒。何かが落ちる。
────あ、涙だ。…久しぶりに見た…これ。
あーあ、肉じゃが、旨くなってるかなぁ…。味のしみたじゃがいもって、いいよなぁ……。
ついさっき切ったじゃがいもに、味が染み込むのを想像すると、またポタリと涙がこぼれた。
それを作っていたワクワクした気持ちがそうさせた。
それを2人で食べるつもりでいた気持ちがそうさせた。
昨日は、煮魚を一緒に食べた。
煮崩れしすぎて何なのか解らないぞと笑われた。
一昨日買った珈琲豆は、いつものとは変えてみた。
思い返す日々がスライド写真のように流れると、
自分でそれを壊したのだという気持ちに、いよいよ涙は、零れるというよりも、流れていた。
嗚咽が出るのを堪えるのに必死になった。
「…………っ」
なるべく顔を隠したくてさらに俯く。
「───龍希。」
貴仁が発した言葉が自分の耳に届くのを拒むようして、「ごめんなさい!」と、大きな声を出すと、龍希は立ち上がり、背を向けそのまま部屋を出ようとする。
「龍希っ……!!」
明らかに呼び止めるような声。
それでも、どうせ呼び止めるつもりは無いのだろうから、そのまま無視して部屋を出なければ。
そう思いながらも、その足を止めてしまったのは、あわい期待。
「行くなよ。」と、その口が動いてくれるのでは?と。
その手がひょっとしたなら、今度こそ、自分の手を繋いでくれるのでは?……と。
そんなあわい期待が、その足を止めさせる。
その顔を振り向かせる。
そして、そこに届いた貴仁の言葉は、
全ての期待を消すもの。
「………あ、いや、……やっぱり、ごめん、…………」
龍希の気持ちに応えられない謝罪なのか?呼び止めた事への謝罪なのか?
全てを否定されたようで、何だか一気に心が乾ききっていくのがわかり、
おかげで、龍希は涙も止められて、再びその口元に笑みを作れたのだった。
「……夕飯、出来てます。……オレは今日はもう帰るので、後片付けちゃんとしてくださいね。」
そう告げると、その部屋を。
この家を後にした。
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