アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
ゆず茶の香り。
-
20分いや30分は過ぎただろうか?
そう思い、時計を見た貴仁はその時間に少しびっくりしてため息を付いた。
───1時間、こうしていた……
頭をガシガシと掻き回すと、またもとの姿勢に戻り
先程までと同じように、龍希の出て行った方を見つめた。
────泣いていた…のか?
貴仁は自分の目の前でポタリと涙を零した龍希を思い出していた。
涙は殆ど見えてはいなかったが、震える肩が貴仁の目に焼き付いて離れずにいた。
「……はぁ。」
また1つため息をつくと、貴仁はいよいよそこから立ち上がった。
意識をしてか無意識か。さっきまで龍希が座っていた場所を避けるように歩き襖の前で立ち止まる。
────ここで、俺の呼び止めに振り返った…。
なんで、振り返った?…いや、そもそもなんで、自分は
呼び止めたんだ?
そう思うと何故だか胸の辺りがギリギリと乾いた音をたてる。
貴仁はそれを嫌がるように、慌てて襖を開けると部屋から出る。
すぐに食卓の有る台所へ向かうと、ふわりと煮物のような香りが鼻孔をくすぐる。
探すまでもなく目に入った鍋のふたを開けると、
そこに姿を出したのは、
すっかり冷めた、けれども味の染み入った肉じゃが。
見栄えは良い。味も、良さそうだ。
じゃがいもが、ちゃんと形が残っているのを確認すると、貴仁の口元に笑みがこぼれる。
そして、そのすぐ横に置かれている、「基本の料理」と書かれた本を見つけると、
その口元はさらに緩んだ。
本と睨めっこをしながら、慣れない手付きで台所へ立つ姿をぼんやりと思い出す。
と、また胸の辺りがギリギリと鳴るのだった。
────何だよ、これ。知らない、こんな痛み…
意味の解らない痛みのような感覚を
どうしていいか解らず少しイライラしている自分を誤魔化すかのように、
これもまた、龍希が作っておいたので有ろう珈琲をマグカップへ注ぐ。
そしてそれを持つと、
気を静めようと、台所から繋がった和室の居間へ進み、そこに置かれた仏壇へ向かって腰を下ろした。
香奈子のそれであった。
「…香奈子…」
最愛の人であった名前を呟き、畳の上へ珈琲のマグカップを置く。
手を合わせようとして、貴仁はふと、仏壇に置かれた小さな湯呑みに気付いた。
自分が置いた覚えのない湯呑み。
けれども、それは香奈子が愛用していたお気に入りの桜柄の湯呑み。
貴仁は心臓がドキリと跳ね上がるのを感じた。
この湯呑みを見たのが久しぶりだったのも有るが、
何よりその中身に…だ。
湯呑みに入れられたものは、ゆず茶。
生前、香奈子が好きで、いつも飲んでいたゆず茶。
ふわりと香るその優しい香りは彼女そのもののように感じて、
貴仁は鼻の奥がつんっとするのを感じた。
まだ少しだけ温もりの残ったゆず茶が、ほんのり香る。
貴仁は奥歯をぐっと強く噛んだ。
これを、この湯呑みに注いで、ここへ供えたのが誰なのか、など、考えずともすぐに解った。
貴仁が教えた訳でもない、香菜子の好きな湯呑み。
同じく、貴仁が買っておいた訳でもない
香奈子の好きなゆず茶。
湧き上がる何かを堪えられそうになくなった貴仁は、
唇を噛み締めた。強く。
「………龍希…」
そのゆず茶を、ここへ供えたであろう人物の名前を呟き、噛み締めた唇を開くと、
持ってきた珈琲を口へ運んだ。
何かを誤魔化すかのように。
いつもの豆と、違うのにしたんだ。と、笑った龍希の笑顔がちらつく。
「貴仁さんの好きな、酸味の少ないやつ。」
それは、つい一昨日の笑顔の記憶。
酸味は少なく苦味は強い。
教えてもいない自分の好み。
含めば口の中に苦味が広がる。
冷めた珈琲は、香りも鈍く、
代わりに感じるそれは、
ふわりと優しい、
ゆず茶の香りだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
14 / 90