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貴仁は、食卓の龍希が座っている対面に腰掛けようかと思い、移動した時に足元の鞄に気がついた。
それはいつも龍希が使っている鞄だという事は貴仁にもすぐに解った。
前から知ってはいたが、龍希は鞄を床に置く癖がある。
そして、蓋を開けっ放しにしておくのも同じだ。
「……せめて、蓋は閉めろよ。」
小さく呟き、蓋を閉めるため、鞄のファスナー部に手をかける。
そして、チラリと見えてしまった中身に少し気を取られた。
そこには何冊かの英語の本やテキストが入っていた。
英語はある意味本職である貴仁が、
気を取られないはずがない。
「へぇ……勉強してんのか?仕事の為か?」
こんなの、こそこそ勉強してないで、自分に聞いてくれれば教えるのにな。
と、訝しくも感じたが、そんな事は次の瞬間、どちらでもいい感心事に変わった。
何故なら、そのテキストを鞄から取り出した時に、一緒にくっ付いて来てしまったで在ろう2枚の紙切れが目に入ったからだ。
その2枚は、適当なルーズリーフの切れ端だった、
そしてそこには、ボールペンで決して丁寧にとは言えない字体で文章が書いてあったのだ。
しかも、2枚とも、ほぼ同じ文章だ。
それは、いわゆる「手紙」と呼べるものだった。
けれど、普通のそれと違うのは、
恐らくは、初めから出すつもりのないものだろうと思えるところだ。
何故そう思ったかと言えば、
ルーズリーフの切れ端な事に加え、雑な字体。
そして、何よりもその内容だ。
スタートは、「貴仁さん、先日はごめんなさい」という言葉で始まっていた。
文章は、幾つもの文章が、上から斜線をひかれて訂正されたり、塗りつぶされたりしていて、
殆ど読む事は出来なかった。
それでも、あの日、眠る貴仁の手に触れてしまい、
告白をしてしまい、そのまま立ち去った事を
あらゆる言葉で悔いて、謝罪しているのだと言う事は理解が出来た。
そして、何よりその訂正だらけの様子から、
この手紙は、出すつもりの手紙ではなく、
積もり積もった感情がそうさせたものなのだろうと思えた。
中でも強くそれを感じたのは、
数本の斜線などではなく、ぐちゃぐちゃと塗りつぶされ、殆ど読めない姿になっている部分であった。
そこには、何とか目を凝らすと、
「先日」「女性」「素敵な」
といった単語単語を読み取る事が出来た。
その部分の紙は、何かに濡れたかのように、
紙の繊維が凝縮し、そのまま乾燥したそれはヨレたままの形状を保っていた。
そして、その後に文章は続いていない。
最初の出だしは、努めて冷静に、けれど、気付けば言葉を選べ無いほどに感情的に。
斜線で消して、また書いて。最後は読めない程に塗りつぶされ、紙はヨレ、書く事を止める……。
文章など読めなくとも、手紙になどなっていなくとも、
それは、ダイレクトに直接的に、貴仁にぶつかった。
胸の奥が潰れるようだった。
出すつもりも無いこの手紙は、
おそらくは、自分でも制御出来ない感情を紙にぶつけた結果なのだろう。
どんな顔で?どんな気持ちでこれを書いたのだろう?
書いたのは夜?翌日の仕事は手に着いたのか?
これを書いて心の痛みは取れたのだろうか?
そもそも、
そもそも、この男はどれだけの痛みと向き合って来たのか?
そこに考えが及んだ時、貴仁は更に強く胸の奥が潰れる感覚を知った。
龍希は、どれほどの年月をその痛みと向き合って生きて来たのだろうか?
ここ半年程度ですら、それを出来ずに逃げ惑って居る自分と違って、
どれほどの年月を、自分自身と向き合って来たのか?
それでも、何も無いかのように日々をあの笑顔で過ごして来ている。
貴仁はそれを理解し、唖然とした。
「……ハッ………ハァ……」
息の仕方が解らなくなった。
喉にヒューヒューと風が通るようだ。
そして、再び息が可能となった時、
ずっと、ずっと。
もう、どのくらい前からなのか定かでは無い想いの全てが繋がって、貴仁の脳に飛び込んで来た。
「……かっ……香奈子っ……」
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