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「ごめん、もっかい言って」
響は甘えるように耳を寄せてくる。
俺に“貞操”を求めて。
「……っ、うぁ」
心臓が無駄にバクバクし始める。
――何を動揺しているのだ。
俺は彼の辞書。
純真無垢なその頭に、“貞操”の正しい読み方を叩き込まなくてはならない。
辞書として。
あくまで辞書として、だ。
どうせやるなら何もかも割り切ってやるしかないのだ。
「て、い、そ、う!」
その四文字を口にした途端、猛烈な疲労感が体を重くさせた。
まさか、彼の耳に向かって貞操を叫ぶ日がくるとは思わなかった。
「ていそー?」
だが、俺の達成感に対して響はポカンとしている。そう、彼は“貞操”の意味も知らないのだ。
無知とは時に残酷である。
「……なっ、……なん、て、いうか……その……」
俺が、響に、貞操を――。
分かりやすく、貞操を、教える――。
無理だ。
できない。
できっこない!
「ああっ! 分かった。これって貞子の“貞”だ!」
「は?」
「井戸から出てくるやつ!」
「……はぁ」
なにが分かったというのか。
「そっか、ありがとねー!」
問題はまったく解決していないのに、彼は一人で納得し、難読字だらけの世界へと戻って行く。
体中がのぼせあがった辞書男だけが、現実に放り出される。
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