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京都にて / 三十三間堂 2
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「やっときた・・・来れるもんだな、来ようと思ったら。」
バスを降りると思わず出た言葉。もう少し先だと思っていた。一緒に行くかと言われてからどれだけたったかな?1年?2年?
600円の入館料を払って構内に入る。そうだった、ここは靴を脱ぐんだよね。スリッパに履き替えて奥に進む。バスを降りたのは俺達の他に2人。構内も静かで外国の人達もいるけれど、アジア圏ではない人が多い。
スウと息を吸い込んで本堂に踏み入れれば、やはり空気が違う。仏像がこれだけいるのに、ここには静寂と癒し、清らかさ・・・なんともいえない空気が存在している。いつもより呼吸がゆっくりになり、思考がシンプルでクリアになる。誰かと会話をする気持ちにはならず、自分と仏様と過ごす時間。
どれ一つとして同じ顔のない千手観音。自分に似た顔が必ずある、そんな風に言われていて、高校生の時は「あれ、あいつに似ているんじゃね?」なんて面白がったけれど、年齢を重ねるとそんな気持ちにはならない。誰に似ていても、似ていなくてもいい。そして千手観音の前にいる仏像。これが好きで、来るたびに目のいく像が違うのが不思議だ。
今日はどの仏像だろうか。
ゆっくり・・・ゆっくり・・・一歩・・・一歩
少しずつ進める足も歩いているという感覚とは違うものになる。ここに居る自分、ここに来ることのできた自分。湧き上がってくるのは感謝の気持ちで、この場所ではいつも自分が素直になれる気がする。これだけの仏像と対峙するからだろうか。
今のような映像も情報もなかった、電気はなく闇が闇だった時代。これほどの大型建築物に金箔を施した仏像の数1001体。千を超える数は無限に近かったはずだ。そして彩色された装飾。
「これが極楽です」と言われれば信じただろう。2017年になった現代であってもここは特別な場所だ。
衛が100円をくれる。
「1000円の蝋燭にするか?」
1000円の蝋燭は太くて大きい。これに「無病息災」「家内安全」などの願いを書いて供える。その他にもお焚き上げのお札が置いてあった。俺は衛の手から100円を取る。大げさじゃなくていい・・・これで充分。
100円玉を容器に入れ一本ずつロウソクを手にした。端にたっている少し大きめの蝋燭から火を戴く。
空いている場所に二本並べて立てた。
俺達は柱まで下がってゆらゆら揺れる蝋燭の火を眺めていた。なんとなくそうしたかったから。
何かわからない・・・でもこみあげるようなものが胸につかえる。俺は自分の左腕を背中に隠した。
衛は何も言わず距離を縮めて俺が隠した手を握ってくれた。胸につかえていたものがふわりとほどけて自分が泣きそうになっているのがわかった。どうしてだろう、何故だかわからない。嬉しいとも違う、悲しいわけでもない、安堵も不安もない。色々なものがクリアになった時にパアっと視界が澄み切ったときのような感覚に似ている。
そのまましばらく動かずに蝋燭を眺めていたら、俺達の立てた蝋燭の2本だけがまったく揺れずにスウと炎が伸びた。再び揺れだすまで5秒くらい・・・「己の道を進みなさい。」そう言われたような気がした。衛を選んだ自分を信じなさいと言ってくれたのだろうか。
人の信心は様々だ。宗派にこだわる人もいるだろう、神様?いないでしょ?という人だって当然いる。ただ・・・こういう瞬間に「導かれた」と俺は感じる。
衛の手がすうと離れる。
「・・・行くか。」
「・・・うん。」
約束を果たせたから?それとはまったく違う清清しさが俺の心を満たしていた。
残りをじっくり時間をかけて進み、売店のある場所にくれば40分の時間がたっていた。そんな感じはまったくしなかった・・・時間の存在もこの場所では朧げになる。
おみくじは二人揃って「吉」
「自分の在り方によって良くも悪くもなる、精進しなさいってことか?」
「さあ、どうだろうな。衛・・・蝋燭気が付いた?」
「ああ、偶然だと言う人がほとんどだろう。でも2本だけ揺れなかったし炎がすうっと立った。」
「自分の選択に自信を持ちなさいってことだと俺は解釈した。」
「そうだな・・・選択か。これからも選択の連続だろう。でも理との出会いと関係は後悔する気もないし、俺にとっての最善で最高の選択だと言えるように精進するよ。」
「吉なだけに?」
「ああ、そうだな。」
そこに立っている男はやはり惚れ惚れするような男前だ。札幌の冬の光とは違う陽光に目を細めながら俺の前にいる。
住んでいる街、働いている場所とはまったく違う土地に俺達は立っている。
ああ・・そうか、一緒に来たかったのはこういうことなんだ。何処にでも、何処にだって俺達は二人でいられるってことを実感したかったんだ。
「衛はどの仏像が目に留まった?」
「俺は帝釈天かな。」
「俺はね、初めて大弁功徳天だった。」
「理?」
衛をみると、何かの答えが出た時のように澄み切った笑顔を浮かべていた。そしていつもより瞳がキラキラ光っている。衛も何かこみあげるものがあったのかな?
「なに?」
自分の声がびっくりするほど柔らかい響きだった。
「また、来よう。二人で来よう、約束な。」
「・・・うん。」
次に訪れた時も蝋燭は俺達に力をくれるだろうか。
でも心が綺麗になることは間違いない。そして迷いが消え、自分の望みが何か・・・それが一番わかる瞬間に出会える。
衛と二人でここに来よう。
絶対に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回私は帝釈天でした。端から端まで歩き、目の留まった仏像の前に戻る。これが私のいつものパターンです。仏像の前にあるキャプションは最初見ません。
戻った二か所が帝釈天と大弁功徳天。
別シリーズのオヤジさんの背中が帝釈天だから?
<帝釈天>
インドラと呼ばれたインド伝来の英雄の神。口ひげをたくわえた端正な容貌は品格さえ感じさせる作品です。(三十三間堂HPより)
ああ、なんだ衛じゃないか、ヒゲはないけど。
<弁大功徳天>
吉祥天と呼ばれる施福の神。千手観音の脇侍。(三十三間堂HPより)
うん・・・理っぽい。
色々納得いたしました。
いつも何かがこみあげてこぼれそうになり蝋燭の火を見つめる。自分のたてた蝋燭の炎がスウっとたつ。他は揺れているのに。
それを見届けてから、その場を離れる。ひたすら揺らめく火を見つめるわけですが、その時間は何時もあっという間なのに、随分な時間が経っています。
おみくじが大吉だったことは一度もありません。
まだ伸びしろがあると言ってくれている、素直にそう思えるのはこの場所だからでしょう。
だから何度も来てしまうのです。
皆さんも神社仏閣ではなくていい、自分に向き合える場所が見つかるといいですね。
自分を信じ、進むことができる。
そう思える場所は無言です。でも時に饒舌な人よりも何かに気が付ける、私はそう思っています。
必ず一礼して心の中で言葉にします
「ありがとうございました。また来ます。」
今度はいつ来られるかな・・・
せい
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