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feb.19.2017 時間を重ねて・・・
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「なんとかなるもんだな。」
「なんとかなった?これからだろ?こんな段ボール屋敷とはすぐにおさらばしないと。」
この寒い2月に引越し。週の初めは温かかったから、これ幸いと思っていたのに、やはり冬はぶり返した。毎年騙されるのに北国の人間は「春がくるかな?」とウキウキする。そして冬さんが嘲笑うことになる。「おいおい、まだ2月だぜ?春の出番はまだまだ先さ!」と。
ヒロの荷造りを待ってようやく引越しできることになった。俺は物に執着がないし、良い物を揃えてきた実績もないから捨てるのは簡単。退路を塞ぐと勢いこんで不用品を捨ててしまったから、レンタル倉庫の中身とヒロの家にある衣類を持ち出すだけだ。でもヒロはここにずっと住んでいたし、俺のようにバカバカ捨てられない性格が判明した。
そんなヒロにアドバイスをしたのはキイだ。どうやら二人は似た者同士らしく、なかなか荷造りが進まないとこぼしたヒロに自らの経験を披露した。
それは「絶対いる!」「う~~ん、迷うな。」「これは捨ててもいいかな。」の3つの山に荷物を分類することから始まった。おまけに「はい、これ!」とヒロの前に物を掲げるのは俺の役目。
「協力したほうが効率がいいです。僕もこれで引越しできました。」
自信満々のキイを前にして俺達は反論もできず、わかりましたと作業した。この分類をしたあと「う~~ん迷うな。」の山を「いる」「いらない」に分ける。
このシステムは明確でヒロの選別も着々と進んだ。この引越し戦法をキイに伝授したのは、デキル系の王子様らしい。まさしく・・・見た目を裏切らないデキルっぷりだ。
俺は「捨てろ捨てろ、新しいのを二人で選ぼうぜ」を連発した。ヒロは少し迷ったが「新しい」「二人で選ぶ」に希望を見出し捨てる山を増やしていった。
俺達の性格は全然違うということを改めて実感したが、違うからこそ上手くいってるんだと思いたい。この違いが「性格の不一致」に繋がらないよう努力することを心の中でそっと誓った。
「服は必要なものを出すときに2~3枚づつ片付けるくらいでいいじゃないか。そのうち減るし。」
ヒロは腕組みをしながら俺を見た。そして呆れたような表情を浮かべて言う。
「儀は荷物が少ないからすぐ終わるだろうけど。俺のほうは人並みにあるんだよ。」
「大分減ったけどな。」
「・・・そうだな、いらない物と暮らしていたんだなって。でもさ、それが時間の積み重ねの証拠だろ?そういう思い出みたいなものがあるから、人はなかなか捨てられないんだよ。儀は捨てすぎなんだって。断捨離講座でも開けば生徒が集まるかもしれない。」
「先生はごめんだ。ヒロは仕事行くまでの時間があるから、コツコツ片付ければいいじゃないか。俺は仕事から帰ってきたらDVDじゃなく段ボールと向き合うよ。」
「うん、そうだね。あ~でも儀、キッチンだけは今日やっちゃおうよ。あと風呂と洗面台も。コーヒー飲めないのは嫌だし、歯をみがけない、顔を洗えないのは勘弁してほしい。おまけに身体が冷えちゃってるから風呂も入りたい。」
俺はしばし考えた。変なことではない、あくまでも片付けと今晩の過ごし方の計画だ。
「風呂と洗面台は俺が担当する。ヒロはキッチンをお願いするよ。」
「そうだな、分担すれば早く終わるか。」
分担作戦はうまくいくように思えたが意外と時間がかかった。途中家具が届いて、どこに置くのがベストか二人で何度もソファとテーブルを置き直した。ベッドに転がって「いいね~」といいながらちょっとキスをしたりして時間をくった。
薄暗くなり始めて、これはいかんと作業にもどり、どうにか形になった時は18:00を過ぎていた。こういう時女性か女子力が高い男がいたらテキパキ作業が進むのだろう。もしくはデキル王子様がいれば。
「さすがに腹が減ったな。」
「グルグルなってるけど、どこかに出かけるのも面倒だし。でも冷蔵庫空っぽなんだよね。」
「あ~そうか、空にしたもんな。じゃあビールもないってことか。」
「当たり前だよ。」
ヒロのダウンを手渡す。まずは引越しの乾杯をするビールがなくては今晩が始まらない。
「買い物行こうぜ。」
「1Fのファミマに?」
「いや、そのちょっと先にスーパーがあった。」
「ちょっとボロいけど。」
「何でもいいよ、商品がボロくなければ。」
「よし、じゃあ、仕入れに行こうぜ。」
俺達は仲良く買い物に出た。ヒロの言う通り、かなり年季の入ったスーパーだったが、一通りのものが売っているので、ここが行きつけのスーパーになる。なんだかそれが妙に嬉しかった。今まではヒロと過ごす「時間」だったのに、これからは二人の「生活」になる。口元が緩んだ自覚があったので、あわてて引き締めた。ボロいスーパーで男と買い物してにやけている30代男・・・これは気持ち悪いに属するだろうし、それは隣のヒロに申し訳ない。
「蕎麦にしようか。」
「引越し蕎麦か。」
「さっきの惣菜コーナーに天ぷらがあったから買おう。天ぷらなんか一生マスターできない気がする。」
「マスターなだけに?」
バチンと肩を叩かれた。
わかっている・・・少々オヤジくさかったのは認める。格好いいオジ様はいいけど、オヤジギャグ連発のオッサンにはなりたくない。
「蕎麦はこれでいいか。『知床ざるそば』 これ一応生めんですぐ茹で上がるし、ツユが旨い。」
「へえ、じゃあこれにしよう。蕎麦と天ぷらと・・・じゃあ板カマ買ってわさびつけて食べるか。」
「紀文の切れてるだし巻き売ってたから、それも買おう。」
「引越し蕎麦っていうより、蕎麦屋で飲むときに頼むメニューみたいだな。」
「ほんとだな。とりあえず今日はこれでいいよ。明日買い物しておくよ、適当に。」
「助かる。」
なんだこれ、夫婦の会話みたいじゃないか!ブワっと自分の顔が赤くなるのがわかった。さっき実感した「生活」という単語がさらにゆでだこを助長する。どっちも旦那だけど!
俺達一緒に暮らすんだよ、今日から。今まではヒロのところに遊びに行っている感じだった。でも今晩から違う。行ってきますと出ていく場所も、ただいまと帰る場所も同じ。そしてヒロがいる・・・一緒に住むってこういうことなのか。
買い物の白いビニールをブラブラ持ちながら5分にも満たない距離を歩き部屋の鍵をあける。一緒に帰ってきた。そしてこれから俺が帰ってくるのはこの部屋で、そしてヒロがいる。
俺は玄関のドアを閉めて鍵をかけたあと、いきなりヒロを抱きしめた。
「ちょっと儀!買い物冷蔵庫にいれないと。」
「俺、ちょっと驚いていて・・・。」
ヒロは俺にしがみつかれたまま買い物袋を手から離した。ガゴン、ガシャンとビールや瓶がぶつかる音がしたけれど気にならない。今俺は抱きしめているヒロの存在だけを感じていたい。
「俺達の生活が始まるんだよヒロ。時間を重ねるってヒロがよく言うけど、今晩から違うんだ。俺達は二人で「生活」をしていくんだ。それがすごく嬉しい。嬉しいって感じている俺に俺が驚いていて・・・。スーパー行くだけでこんなに楽しい。どうしようか、俺楽しすぎてうかれた男になりそうだよ。頼むから愛想つかさないでくれ。」
「馬鹿だな・・・儀は。」
ヒロの腕が俺の背中にまわってトントンと優しくリズムを刻んだ。
「ここまでたどり着くのに、俺の長い片思いから始まって沢山の時間が過ぎていった。儀がさっきいったように俺達は沢山の時間を重ねてきた。でもこれからは違う。二人で生きていく。
儀の言う「生活」ってそういうことだろ?」
「・・・うん。」
「笑って、泣いて、食べて、飲んで、眠って・・・それが全部二人になる。俺も嬉しいよ。儀ありがとうな、俺の気持ちに応えてくれて・・・ありがとう。」
そして俺達は抱き合ったまま少しの時間グスグスしながら噛みしめていた。歳をとると涙もろくなるのは知っている。そしてもうひとつ俺はわかったんだ。
ヒロと一緒にいるようになってから、情けない、悲しい、嬉しい、色々なことで涙を流している。
そんな風に俺の感情を泡立たせる男はヒロしかいなかった。
ヒロ以外の男に泣かされるような事は望んでいない。
ヒロがいい。
だから愛想をつかされないように、頑張るよ。
ヒロが赤い目をして俺にキスをした。
「じゃあ二人の生活に乾杯しなくちゃね。」
「蕎麦もたべなくちゃな。」
「そうだね、引越し祝いをしよう!」
始まる・・・俺達の生活が。
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