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mar.13.2017 春
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「ごちそうさまでした!お腹がパンパン!」
「立つと満腹感がすさまじいですね。」
今日は一日早いですがホワイトデーをしております。近くに住んでいるのに意外と行ったことがないですね、では行ってみましょうかということで足を運んだのは札幌パークホテル。札幌市内の老舗ホテルです。中島公園にドーンと存在する建物は最近のデザインではないですが貫禄があります。たまに中華はどうですか?という坂口さんの提案で中華に決定。25種類以上の料理を選べるテーブルバイキングでホテル中華を堪能してきました。乾杯で飲んだビールは違うお酒にするべきでしたね。がっつり食べるモードの時は炭酸はいけません、お腹が膨れてしまいます。(そもそも何の乾杯だったのかな。ついつい意味なく乾杯してしまいますよね。)
このまま帰ってしまえば昼寝確実。それはよろしくないということで、少し歩きますがカフェを目指すことにしました。8丁くらいの距離はお散歩にちょうどいい。
「最高も最低も気温がプラスになるまでもう少しかかりますね。お店のストーブに頑張ってもらわなくては。」
「そうですね、あともうちょっと!ってところまでこぎつけましたね。でも帯広と苫小牧はマイナス10度でしたよ、最低気温。」
「帯広は寒暖の差がつねに10度以上ありますからね。美味しい野菜が沢山採れますが、暮らすのは大変そうです。」
「でもドライブには最高ですよ。東京からきた友達が感動していました。外国みたいだって。」
青い空と太陽の光は春色になっている。緑が顔を出すのはまだ少し先だから、枯れた草や街路樹は灰色や埃っぽい茶色。道路と歩道の間には地層のように雪が重なっているけれど、随分量が減った。灰色と黒の雪は冬の間にたまったほこりや泥。雪が綺麗になくなって路面が乾き清掃車が路肩の掃除を始めると、ようやく春だと思える。その頃になると街路樹の枝先の新芽が膨らみはじめて黄緑色が街中に生まれ出る。やがて花が咲き爽やかな季節が訪れて・・・あともう少しすれば、そんな景色に囲まれる日がやってくるから楽しみ、そしてウキウキした気持ちに包まれて幸せ。春って北国の人にはとても大事な季節だ。ようやく始まる・・・そんな大切な季節。
マンションや住宅のあるエリアをのんびり歩く。暑い時と極寒以外の散歩は楽しい。何かしら発見があって、身近な地域なのに知らない場所が沢山ある。ネットで検索してお店を探すのもいいけれど、こうやってブラブラしながら見つけたお店が好みだったりすると嬉しくなります。
「暖かくなったら、お弁当もって中島公園にいきましょう。それぞれお弁当作るのはどうですか?」
僕と同じように楽しそうな顔の坂口さんの提案。
「是非。パンとごはんが被らないように、それだけは役割分担しましょう。」
「おかずが被ってもいいの?」
「おかずはOKです。卵焼きだって味が違いますし・・・そうだ、あえて同じ献立を持ち合うのはどうでしょか。僕と坂口さんの家庭の味を披露しあうのです。といっても僕はあまり上手にできませんけどね。ただ好みの味は再現できます。卵焼きは焦げたり破れたりしますから、毎回。」
「甘い派、塩味派ありますよね。お醤油のおうちもあるし。ちなみに私のところは砂糖とみりんと、少しのお醤油です。」
「重光家は砂糖と醤油です。みりんは入れませんね。」
「じゃあ、同じ献立でお弁当しましょう。公園の藤棚が綺麗な頃もいいし、大通公園のライラックが咲く頃もいいですね。円山公園の桜の時でもいいし!」
坂口さんの瞳はキラキラしていて、思わず手を繋いでしまいました。少しだけ首をかしげてニコッと微笑んだ表情を見て繋いだ指に力がこもる。
「トアさん、全部しましょうよ。公園制覇が今年の春の目標です。」
「ですね。それに素晴らしいお花見がありますから。あの桜は忘れることができません。花びらが雪のように道路に積もっていました。両側の並木は先が見えないくらい長くて・・・絶対好きになるはずです。そして来年も来ようって強く思う、そんな場所です。」
「綺麗らしいですね。」
「天ぷらかまぼこを桜の下で食べるみたいですよ?」
坂口さんはキョトンとしたあと、クスっと笑った。花吹雪の中茶色のかまぼこをパクパクするSABURO一行を想像したのかもしれない。大いにミスマッチでしょうけど、僕は楽しみですよ、かまぼこが。
「あ、あれ、福寿草じゃないですか?」
坂口さんが指さした先には黄色の小さな花がポツポツ咲いていた。「福寿草の花がほころぶ今日、私たちは卒業いたします。」答辞に必ずでてくるお馴染みのフレーズがポワンと浮かびました。これが福寿草ですか・・・スコップが入らないくらいガチガチの土から顔をだして花を咲かせる小さな植物。枯草より高く茎をのばして太陽の光を手にするために背伸びをしているように見える存在は、もう冬ではないと宣言しているようです。
福寿草は住宅の門から玄関までのアプローチの両側にいくつか咲いていた。この家に住んでいる人達は、福寿草の花をみて誰よりも早く春を感じることができる。それはとても贅沢なことに思えます。僕もサボテンの鉢くらい部屋に置こうかな。生きている存在と暮らすのも悪くない、そんな風に思えます。
季節を感じて生きていくことは大事だぞ、そんな風に小さな花に言われた気分です、はい。
じっと黄色の花を見ていたら、玄関のドアがあいて初老の男性が出てきた。
「あ、すいません。福寿草に見とれてしまって。」
坂口さんの言葉に男性はニッコリ笑顔を浮かべた。
「仲良く散歩の途中でしたか?」
あ・・・手を繋いだままでした。
「この先のカフェに行く途中です。今年初めての福寿草だったので、自然と足が止まりました。」
「いつ頃から咲くようになって、少しずつ増えていくのが楽しくて。仕事をしていた頃は花なんか目に入らなかったものです。することが無くなってしまうと今まで見えていなかった物が見えるようになる。こんなものに囲まれて生活していたのかと驚きますよ。あなたたちにはピンとこないかもしれませんが。」
僕は毎日何を見て生きているだろうか。お客さんの顔、大好きな映画、窓の外の景色、地下鉄までの道のりにある様々なもの。何に目を留めているのだろうか、何を見逃しているのだろうか。
「きっと沢山のものを見逃しているんでしょうね。」
坂口さんがそういって僕を見たので、同意のしるしにコクンと頷いた。この道を通り、この家の庭が視界に入った、その先に福寿草を認める人は何人いるのだろうか。視界に入っているのに見ないで歩き去る人はどのくらいいるのだろうか。
「曇りや雨の日は花が咲かない。この黄色をみると今日はいい天気だとわかる。花が大きく開くようになると、やっと春がきたなと思えます。」
「そうですね、でも4月にドカ雪がきたりしますけど。」
「なかなか油断できませんな。」
僕達はあははと笑いながら地面の花を見ていた。鉢植えにして家の中で見てもきっとこんな気持ちにはならないだろう。この固い地面から顔をだしているからこそ、この花の存在に春を感じることができる。「ありがとうございました。」とお礼を言ってからカフェに向かう僕達。福寿草か・・・小さくて可愛い花。
「春を告げる使者をお庭に住まわせているって素敵。でも庭の手入れは出来なさそう。草むしりもあるし綺麗にしていないとみっともないし。歳をとってからでも遅くないかな、さっきの人が言う様に、色々な物が見えるようになってからでもね。」
「ですね。サボテンの鉢を買ってみようかと考えたところです。」
「ポトスも簡単らしいですよ。」
「名前を聞いてもイメージできませんね。帰ったら画像検索してみます。」
「じゃあ、カフェの帰りに花屋さんに行きましょう。トアさんの植物デビューです。」
「枯らさないで育てられるのか・・・心配です。」
坂口さんは「大丈夫です、一緒に面倒みましょう。」と言って笑った。その時、僕の中に今まで感じたことのない何かがブワンと膨らんでポンと弾けた。
ポン
ジワジワと僕の中が浸食されていく感覚、でもそれは温かくて柔らかくて・・・ふわふわした素敵な軽やかさがあった。
さっきの男性は退職を迎えてから福寿草に気が付いたと言っていた。あのお宅にはいつから福寿草が花を咲かせていたのだろう。きっと家族の人は「今年も咲いたね」と言葉を交わしただろう。男性もその会話を耳にしていたけれど、花に目を留めることはなかった・・・でも・・存在していた。必ず帰ってくる家、そして家族と福寿草。
一緒にいたい・・・というよりももっと強いもの。時間を共有して、生活の中で様々なものを一緒に見たい。沢山の発見をして、沢山のものを見逃して・・・それを共有したい。
坂口さんと。
「トアさん?カフェ見えてきましたよ。」
太陽の光を受けてフワフワの髪はワントーン明るいブラウンに光っている。春の陽射しは肌を白く映し、瞳に不思議な色を加えていた。柔らかい笑顔と繋がっている僕たちの手。
あああ、そうか、そうなんだ。僕はこの人と一緒に人生を歩いていきたいと願っているんだ。
沢山の喜怒哀楽、沢山の時間、沢山の幸せ、沢山の困難。それを一緒に重ねていきたいんだ。
一緒にいたいってことじゃない。
この人と「生きて」いきたい。
「クサいセリフ、チープなセリフだって思っていました。」
「トアさん?」
「僕はあなたを愛しています。これからもずっと。ええ、ずっとです。」
僕の身体は震えています。喜びなのか興奮なのか嬉しさなのかよくわからないけれど、打ち震えるとはこういうことを言うのかと初めて実感しました。別に泣きたいわけでもないのに、こみあげてくるものがあって無理やり飲み込みました。こんな場所で大人がオイオイ泣くのは格好悪いですから。
坂口さんはそんな僕を見て、もう片方の手を握ってくれた。ふわっと口角があがったあと、僕の唇の端に重なる唇。
「トアさん、ありがとう。」
何も言えない僕。
そのまま坂口さんを見詰めて両手を繋いだまま歩道の上に突っ立っていた。
「一緒にポトスを育てましょう。でもまずはコーヒーです。」
・・・一緒に。
はい、小さな観葉植物は葉を広げツルを伸ばしていく。毎日それを眺めて、窓の外を眺めて、地下鉄の駅までの景色を見る。
一日の始まりは「二人」の観葉植物。
今年の春は僕にとって特別な「春」
二人の一緒が小さな形になった・・・特別の「春」
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