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mar.14.2017 ホワイトデーの酒盛り
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「おかえりなさい。」
「ただいま。」
俊明と「美味しいわね。」と言いながらケーキを食べていると明さんが帰ってきた。まだ夕方の16:00過ぎ。こんな時間に帰宅するなんて珍しいこともあるものね。
「早かったのね。会社に戻るの?」
「いや、直帰にしたよ。晩飯前のオヤツか?」
白い皿にのっているシフォンケーキを指差しながら明さんは顔をしかめた。どうせなら食後にすればいいだろう、そう思っているのが見え見えの表情。
食後のほうがいいかもしれないけれど、目の前にあると食べたくなるというものだ、特にお手製のシフォンケーキとなれば尚更。
「晩御飯遅らせてもいい!っていうぐらい美味しいよ。父さんも食べる?」
「まずは着替えてくるよ。」
明さんはそう言ってリビングを出て行った。俊明はケーキを切り分けて皿に盛りつけテーブルに置く。
「食べるかしら。」
「どこのケーキかわかったら「食べる!」って言うにきまってるじゃん。絶対飲み始めるだろうしね。晩御飯の支度も済んでいるし、ダラダラしてもいいんじゃない?」
そうなのよね、もう今日はなにもしなくていい状態に整っている。なんて素敵なホワイトデー!
柔らかいウールのボトムとセーターに着替えた明さんがリビングに戻り、椅子に座るとお皿にのったケーキを指差した。
「どこのケーキ?新しい店でもできたのかな?」
私と俊明は共犯者めいた笑みを交わして明さんに向き合う。
「これはバレンタインのお返しです。ミネさんが届けてくれたのよ。」
「え?今日?」
「そうよ。正明と一緒に来てくれたの。ね、俊明。」
「ピーナッツバターをつかったシフォンケーキだよ。ピーナッツバターは苦手だけど、このシフォンはいい感じのコクがあって俺気にいったよ。レギュラーメニューにしてほしい。」
明さんは一気に残念顔になった。何も出張で留守の時に遊びにこなくてもいいじゃないか、俺だけ仲間外れだと膨れる子供みたい。
「そうか・・・ミネさんが来ていたのか。」
ガッカリっぷりがかわいい。私はクスクス笑ってしまう。
「それで?何か言っていたか?」
「特別な事は何もないわよ。元気です、お店も順調ですって。「お店も」ってあたり、俺達もっていうことよねって私ニヤニヤしちゃったわ。」
「本当だよ、母さん一人でデレていて気持ち悪かった。やめてほしい。」
「なによ、もう!二人が仲良しって嬉しいことじゃない。」
俊明はフウとため息をついた。私の喜んでいる姿に呆れるってどういうことかしらね。確かに少し浮かれ気味だっていうのは自覚しているけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
「俺にとってはめっちゃプレッシャーなんだけど。」
「プレッシャーってなんだ?」
明さんが眉を片方だけピクリとさせて聞いた。私も正直なんのプレッシャーなのかわからない。
「ミネさんに対抗できるような彼女とか俺には無理だよ?比べられても困るし、何より彼女が可哀想だよ。」
「え?彼女いるの?」
「お!彼女いるのか!」
揃った私たちの言葉に俊明は顔をしかめて「いないよ。」とぼそりと呟いた。つまらないような、ホッとしたような。
「何を言っても俊明が選んだ彼女だろう。別に親がとやかく言う問題ではないから安心しなさい。気に入った、気に入らないと言ったところで俺が付き合うわけではないし。」
「父さん、それ身も蓋もないっていうかさ~なんだよ、それ。」
明さんは我慢できなくなったらしく、ケーキにフォークを突き刺しパクリと一口。少しずつ広がっていく微笑みは満足の証。SABUROにはこんな顔をしているお客さんが沢山いる。
「うまい・・・な、これ。」
「だろ?店で食べたい気もするけど、北川家スペシャルとしてキープしてほしいなんて欲張りかな。」
「俊明がそう言ったらミネさんは「OKOK~」って言うわよ、絶対。」
「うわ~~言うだろうな~~プレッシャーの権化め!」
明さんはいそいそと立ち上がりキッチンからグラスとボトルを手に戻ってきた。ボトルは「グレンフィディック12年」だ。女子社員からチョコレートの代わりに貰ったシングルモルト。何人かで出し合えばそれほどの金額にならないし、ここぞとパッケージされた中身の少ないチョコレートよりずっと実用的。明さんによると可愛がっている営業の女性社員が音頭をとって今年からバレンタインのプレゼントはこの路線に変わったらしい。やるわね・・・明さんがかわいがっているだけに。
「父さんばっかずるいな。」
「だってホワイトデーならバレンタインを思い出さすべきだろう。」
「俊明、ワイン持ってきて。飲みましょうか。」
「さすが母さん、話が早い。」
こういう時だけ腰の軽い俊明の背中を見送る。明さんは嬉しそうにグラスに琥珀色の液体を注いでいた。
「それで?バレンタインのお返しの反応は?」
「そうそう、それを広美に報告しようと思っていたんだよ。大成功というかえらい喜ばれた。」
「そうでしょ?お菓子をもらうよりずっといいはず。スイーツ情報は女子にかなわないわよ。オジサンにはハードルが高いし、私に任されて面倒だったのよ、ずっと。」
「面倒いらずで大反響。これからはこのお返しがいいだろう。宣伝にもなるし。」
貰いっぱなしは気が引けるという明さん。そんなことを言うくせに自分で用意する気はなく「適当に見繕って用意してくれないか。」がいつもの言葉。バレンタインのチョコレートは廃止してほしいというのが正直な所だった。そして今年、明さんがバレンタインに持ち帰ったものはいつものチョコレートではなくボトルが一本。そしてそのアイディアを出したのがお気に入りの部下(女子社員)と聞けば、家内としての対抗意識・・・いえ、闘志が沸いた。「さすがぶっこみの北川さんの奥さん。なかなかやりますね。」なんて言われたいと欲張ってしまったというわけ。
私が思いついたお返しはSABUROのミニオーダーチケットだった。毎月1枚使える食事券、デザートやドリンクのチケットもおまけとしてついてくる。何人が出資したバレンタインかしらないけれど、皆で行くもよし、一枚ずつ分けるもよし。お返しとして金額的には上回ってしまうけれど、SABUROの宣伝にもなるし、お客さんが一人でも増えてほしい。そう考えれば安い投資だわ。
思った通り、反応はよかったらしく、私の気持ちもスッキリした。
「北川家用にもう一冊買うことにしよう。」
「そうね。デートの理由はいくつあってもいいもの。」
明さんの顔が少し赤くなる。これが外なら澄ました顔で腕を組むところだけど、リビングではできない。俊明に見つかったら、ものすごい白けた顔をするだろうし。
そんなタイミングで俊明がリビングに戻ってきた。赤ワインのボトルとワイングラス。それに取り皿もあるけれど?
キッチンとリビングを何度か往復した俊明は「もう酒盛りしちゃおうよ。」といって鍋敷きの上にドンと鍋を置いた。
「ああ、それ、もう食べちゃうの?」
「だってワイン飲むのに空酒ってわけにいかないよね。もちろんミネさんフォカッチャは軽く焼いたよ。」
食いしん坊は時に腰が軽くなる。自分で料理は全然しないくせに、美味しい物を食べる時だけやけに積極的だ。
「この鍋の中身は?」
「父さん、これミネさんが持ってきてくれたんだ。味見したらめちゃめちゃ美味しくて、おまけに調味料は塩だけって。すごくない?塩だけでこんな美味しい料理できるなんてさ。兄ちゃん羨ましすぎ!毎日何食べてるのかな、悔しいな、なんだか。」
ミネさんの煮込み料理。スペインの料理をアレンジしたって言ってたわね。ホコホコのトラ豆とブロックベーコン、サラミ、チョリソ、野菜は玉ねぎ人参とセロリとトマト。ニンニクとオリーブオイルで具材をかるく炒めてトマト缶を入れて煮込むだけ。「ほんと、それだけですよ広美さん。」そう言ったミネさん。でも知っている、教えてもらったとおりに作っても絶対ミネさん味にならないってこと。やはりそこはプロと主婦の差だと思うのよね。だからこそ、お金を払って非日常の空間で美味しいものを食べる時間が楽しくもある。でもお家で食べる料理にだって強みはある。両方手にすればいいだけのことだ。どっちが優っている、劣っているってことじゃないと思うのよね。妙にそこ張り合う人いるけど、無駄な抵抗だと思う。美味しい物は美味しい、これこそが真理だ。
シチュー皿に煮込みをたっぷりよそう俊明は嬉しそうだ。
正明がここにいたらいいのに、ミネさんも。でも・・・そうね、全員が揃っているから楽しいこともあるけれど、ここにはいない誰かを想いながら話の花を咲かせるのもいい。
正明とミネさんのおかげで北川家の食卓は明るく楽しいものに変わった。3人でテーブルを囲む機会も増えたしクグラスを傾けながらの会話は気持ちいいほど弾む。
正明とミネさんのおかげね。
「じゃあ、乾杯しよう。俺はこの煮込みを早く食べてみたい!」
「それは皆同じよ。じゃあ乾杯しましょう。」
「はい、カンパ~イ。ホワイトデーに乾杯!」
チリンと鳴るグラス、美味しいお酒と、温かい一皿。
これから気持ちのいい季節がやってくる。きっと今年もいい年になって、皆で笑って過ごせるだろう。
SABUROには陽気な神様がいるのかも。SABUROを好きになった人はもれなく笑顔の時間をプレゼントしてくれる素敵な神様が。
明さんとデートの度に伺いますから、今年もよろしくお願いしますね。
SABUROの神様。
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