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ギイさんのたくらみ <日曜日>
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「今日なに食べるかな~」
コーヒーを飲みながら毎週日曜日の決まり文句をヒロが言う。食べたい物を言い合い、買い物をして悪戦苦闘しながら料理する日。キイの所やお気に入りの店に行くこともある。
しかし今日は初のチキンソテーを食す日。
「今日は俺が作るよ。」
「へえ~。どっちみち買い物は行かないと、冷蔵庫空っぽだし。買い物に行ったならビール以外も買ってくれたらいいのに。」
「買い物は二人で行く方がいいだろう。」
「・・・まあな。」
ヒロは照れたことを誤魔化す為にマグを手にとった。回りくどいのは好きではないし、今更出し惜しみしてもいいことがないので俺ははっきり言う事にしている。やりたい事、したい事、思った事、感じた事。ヒロはあんな告白を俺にしたくせに、普段言葉にすることをしない。まったくという事ではないが、俺より確実に少ない。その原因は「照れ」であり、恥ずかしくて言えないというヒロを見てしまうと「まあ、いいか。」と思える俺。言いたがりの俺と出し惜しみのヒロ。いいコンビじゃないか。
土日の買い物は食料品を少しと、必要になった日用品を仕入れる。生活費はすべて折半。100均で買った事務用のポーチが俺達の財布代わり。事務員が通帳もろもろを入れて銀行に持って行くあれだ。俺達は「経費袋」と名前を付けて給料がでたら1万円ずつ入れる。なくなったら更に1万円ずつ。外で食べる時もここから費用を捻出する。光熱費はすべて引き落としにしているから、毎月3万ずつプラス家賃の半分を入金して支払いにあてている。
月収いくらなのか、互いに知らないがそれでいい。二人で使うものは二人で払う。それ以外は自分で決めればいいし、それについて口出しはしない。
ヒロは買い物かごにヨーグルトとメイプル味のグラノーラを入れた。日曜日以外は朝食にこれを食べる。俺はドライフルーツが苦手だから玄米フレークにした。朝、腹に何かいれると頭が働くらしいし、グラノーラや玄米は何となく「健康」のイメージだ。
健康志向なのは朝食だけ。買い物かごに入っていく食品はつまみになりそうな物と炭水化物ばかりだ。パスタ、生めんの蕎麦とラーメン。レンジで温めるパックの白飯と食パン。
「課題は野菜だな。」
ヒロの言葉に頷く。野菜は高いし調理方法が難しすぎる。なんちゃって野菜炒め、もやし炒め、キャベツの千切り。そのまま食べるトマトときゅうり。ヒロは大根を手にして俺に言う。
「儀、これ一本食べきる料理ってなんだろうな。」
「おでんなら一本いける気がする。」
「大根がやわらかくなるまで何分かかるのかな。」
「全然わからない。あとは大根おろしくらいしか思いつかない。」
「そうなんだよな。それでいつも野菜は食べきれないから買わない。」
「野菜ジュースでも飲むか?それとも青汁?」
ヒロはウンザリした顔をした。野菜ジュースはともかく青汁は嫌だ、苦くない美味しい青汁だと言われても・・・それなら大根一本大根おろしで食べるほうを選ぶ。
「野菜の食べ方調べないと。今日もマヨネーズがあればなんとかなる野菜を選ぶ。進歩ないな~俺達。」
ヒロはカゴに玉レタスとトマトを入れた。
買い物から戻り一人台所で作業を始めた。冷蔵庫からだした肉を焼こうとして大事なことを聞いていなかったことに気が付いた。皮から?身から?どっちが先なんだ?
この時間は忙しいだろうからキイに聞くわけにもいかない。スマホで検索をすると「皮を下にして焼く。」を発見。困った時のネットだな、助かった。ニンニクやマリーさんを落とすのかこのままなのかを聞かなかったが食べる物だから大丈夫だろうとそのまま焼く。
肉の上に「グリルプレス」をのせて焼きのスタート。重りになる付属品は箱にちゃんと名前が書いてあった。「グリルプレス」のほうがパリパリ製造機より洒落ている。
またしても聞き忘れた・・・何分焼くんだ?当たり前に料理をする人間は細かいことを教え忘れるらしい。当たり前に火加減や焼き時間を把握しているせいだろうな。
8分焼いてひっくり返す、5分でひっくり返す、蓋をする、蓋をしない。検索結果はばらつきがあるから、蓋をして5分を採用。ひっくり返して5分、そしてもう一度皮を焼くことにした。ばってん印の焼き色を是非つけてみたい。
「なんかいい匂いがする、何作ってる?」
ひょっこりヒロが現れた。いい匂いがすれば来るに決まっている、俺だって絶対「何作っている?」と聞きに行くだろうし。
「チキンソテー、皮パリパリに挑戦中。」
「あ!そのフライパン!」
「キイによるとこれが一番おすすめらしい。」
「キイちゃんに聞きにいったの?あのチラシ持って?」
「おう、行ってきた。キイの行きつけのスーパーはダ・・ダンなんだかっていう皿やガラスの器らしい。」
「他のスーパーでもキャンペーンしてるってこと?」
「らしいぞ。」
タイマーが鳴ったので肉をひっくり返すことにした。
「すごい脂。最初に入れすぎたんじゃないの?」
「油使ってないぞ。そうか余分な脂がおちるからパリパリになるのか。」
肉をそっとひっくり返す。
「儀!すごいって!いい色だよ!」
我ながら上手くいきすぎじゃないか?という抜群の焼き色。ウキウキしながら蓋をしてタイマーをセットした。もう5分、皮目2分で出来上がり。楽しみすぎる。
ヒロはシンクで玉レタスをちぎりはじめた。茶色の肉だけより彩があったほうがいい。俺はトマトを切ることにして冷蔵庫を開ける。ついでにビールを二缶だして栓を抜いてヒロに渡した。
「楽しみだな。やっぱりサツドラとは大違いだよ。こんなに美味しそうに焼けなかったし。」
「ネットで調べたら8640円だった。買い物ついでに貯まったシールのおかげで5000円で買えるならお得だよな。」
「買い物して、さらに追加料金払うのか!って言ったくせに。」
「完全なる認識不足だった。」
タイマーが鳴るまでの間、俺とヒロは作業を分担して準備をした。二人で食べる物は二人で作る。
これも悪くないな。
「いただきます。」
「いただきます。」
出来上がった鶏肉は始めて作ったにしては上出来だった。見た目はOK,問題は味。
「儀!うますぎる!皮がパリパリだ。ニンニク具合もいいし、いい香りがする。」
「どれどれ。」
皮はパリパリ、中はジューシー。他の商品の宣伝文句がぴったりな食感のチキンは抜群だった。肉がやわらかいので蓋をして正解だったようだ。残念ながらばってん印は改善が必要。3分焼いて、肉の位置を変えてさらに3分、そんな風にしないと片方の焼き色が薄い。次はここが課題だな。
「これなら5枚くらいいけそうだ。」
「それは食べすぎだろ。肉の3倍野菜を食べないと駄目らしいぞ。」
「肉が旨いと野菜も食べられるんだな。」
肉を小さくカットしてレタスと一緒に頬張るヒロ。夢中になって食べている顔を見ていると、単純に嬉しいし作ってよかったと思える。
「家族に料理する人は毎回こんな気持ちになるのかな。」
「どんな気持ち?」
「美味しいって食べる顔を見て、嬉しいな~幸せだな~って。」
ヒロは俺の顔を見ながら手を止めた。
「子供みたいにがっついていたか?」
「いや、そういうことじゃなくてさ。美味しいって食べる顔は見ていていいなって。」
「・・・旨いものは旨いし。」
「自分のために作っても楽しくないのはそのせいだろうな。」
ヒロは食べるのをやめてビールを一口飲んだ。何かを考えているように缶ビールを見詰めたあと俺に向けられたのは真面目な顔。
「これに味をしめて料理は俺が担当するなんて言うなよ。」
「なんで?」
「作らないといけない、そうなったら義務になって、仕事の分担みたいになるだろ?楽しみから遠ざかると意味がないから、儀が作りたいときに作ればいい。」
「そんな事になるかな。」
「なるかもしれない。奥さんが黙々と食べるだけの旦那に料理したくないって話、よく聞くだろ?でも最初奥さんは美味しい物食べさせたいって思ったはずだし、旦那は「美味しい」って言葉にして食べていたはずなんだ。
だから食べることも料理も「楽しい」ことであるべき。俺達はどっちもどっちの腕前だから二人で試行錯誤して料理をしていけばいい。お互いに旨い旨いって食べてビールを飲むんだよ。どっちが作る、作ったってことではなくてね。」
「俺達の先は長いし。そんな急いで頑張る必要はないか。」
「・・・。」
「なんだよ。」
「長いっていったから・・・ちょっと嬉しかった。」
「当たり前だろうが。」
「儀が頑張りすぎて飽きたらこまるし。」
飽きるってなんだ?ヒロに飽きる?
飽きたからもう会うのはやめよう、そう言ったことも言われたこともある。もうこのへんでいいか、次の出会いに行く頃合いだなんて考えて行動していたかつての俺。相手に飽きた?セックスに飽きた?飽きたなんて簡単に言えたのはどうしてだろう。
「ヒロに飽きるってことはない。小さい事で照れたかと思えば男らしくなったりするし。俺が弱気になればケツをけっとばす。客に辛抱強く付き合う優しさもあるくせに、深入りしない冷静さもある。ヒロを見ていればいつも同じ顔をしているわけではないし、同じことを言うわけでもない。いつも反応は違うし、その度おれは惚れ直したり嬉しくなったりする。ああ・・・そういうことか。」
「ど・・・いうことだよ。」
「単に寝る相手、時間を過ごす相手っていう程度だったからだ。俺は相手のことをヒロのようにちゃんと見ていなかった。だから新しい発見がない。それを飽きるという言葉で片付けていただけだった。
一緒にすごす相手や時間に沢山の発見や出来事があるってことを俺は知らなかったんだな。でも今はヒロがいるから毎日楽しい。なるほど、そういうことか。」
「・・・儀の突き抜け方ってなんだよ。恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしい?正直だって言ってくれよ。」
ニヤリと笑うとヒロの顔は真っ赤になった。
大切な相手と向き合って暮らしていくと、退屈からは無縁だ。新しい発見は相手だけではない。自分自身にも当てはまる。考えや、やってきたこと、それが無意味だったと思えたり、間違っていたと認めることができる。自分一人で生きていたら俺は昔のまま何も変わらず息をしていただろう。
互いが相手にとって大事で大切な存在になる、その確かさは生きていく意味に繋がっていく。
「今度は野菜をたっぷり食べられるレシピを聞いてくるから、一緒に作って食べよう。」
「またキイちゃん?」
「そ、またキイだ。あいつの指南にハズレはない。」
「その時は俺も一緒に聞くよ。」
「そうだな、一緒がいいな。」
「冷めないうちに食べる!」
またしても照れたヒロをかわいいなと眺めながら食事を再開。
ゆっくりでいい、そうさ、俺達の先は長いのだから。
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