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apr.8.2017 タイミング
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「妙に落ち着いているというか、どっしりしているというか。」
優ちゃんは私にそんなことを言った。老けたってこと?体重は増えていないからどっしりの意味がわからない。
「ぽやんぽやんしていないのね。恋する女子のふわふわオーラがないのが不思議。」
「恋する・・・って言われても。」
「ええ?「違います。」なんて、この期に及んで言うわけ?」
「違わなく・・・ないけど。」
優ちゃんに食事に誘われてビールで乾杯したところ。年度末というトンネルからようやく抜け出したらしい。会社員をしたことがないから大変さはわからないけれど、お客さんが皆「忙しい」「大変だ。」と言うので、優ちゃんも漏れなく忙しかったのだろう。
そういう私だって暇とはいいがたい3月、4月。卒業式や入学式があるから予約が多い時期だ。年末に髪を整えて2~3ケ月、少し我慢してイベントに合わせる人が多い。「毎月平均化してくれれば楽なのにね。」スタッフ同士で言い合いながらお客さんに向き合う。結局のところ、どんな仕事だって「楽ちん」は存在しないってことだ。
たっぷり野菜が盛られたガラスのボウルが運ばれてきた。私の大好きなシーザーサラダ。野菜を堪能しよう。
「トアさんの所じゃなくてよかったの?」
「仕事の邪魔になるかなって。」
優ちゃんはニヤニヤしながらサラダを取り分けた。
「働いている姿を見ていた~~い、なんて言わないのね。」
「言わないよ!」
「つまんないなあ。」
つまらないと言われても、面白い事でも何でもない。からかわれるのは幾つになっても慣れないものだ。
「お付き合いは順調ですか?ってワイドショーのレポーターみたい。」
「じゃあ、何も言わずにニッコリすればいい?」
「そうね。ニッコリしなくても十分可愛いいし、順調度合いがわかるよ。落ち着きあるって言ったのは雰囲気かな。いい関係なんだろうな、羨ましい。」
「なによ、モテるくせに。」
優ちゃんはわざとらしくため息をついてみせる。ロメインレタスにブスっとフォークを突き刺して持ち上げた。シーザードレッシングとパルミジャーノが野菜を飾っている。
「モテるのは否定しない。でもね、サカみたいな関係を築ける程モテないのよ。そこが大きな違いかな。手札が沢山あっても勝てない勝負ってあるでしょ?流れてばっかりよ。」
「流れたって別れたの?」
「付き合っていないから別れたとは言わないわね。流れて消えていくわけ。相手が降りる場合もあるし、当然私の場合もある。」
「私は器用じゃないから、そういうのは無理かな。」
「サカにはお勧めしないよ。というより誰にもおすすめしないな。楽しくはある、でもそれだけだったりする。そうは言っても今どっぷり恋愛にのめり込むタイミングじゃないのは確かね。」
「そんなもの?よくわからないな。」
優ちゃんはモテる。和服が似合いそうなスっとした顔立ちと雰囲気。パキパキ、サッパリの性格。色々なことに興味を持ってあちこちに出かけるし、食べるのも飲むことも大好き。初対面でも物怖じしないから知り合いが多くて、その中にあっても華がある。これでモテないはずがない。
「よし、私の準備は整った!そんな時期がくるのって何歳の頃なのかな。30代半ば?40代?いずれにしても婚期を逃すことになるだろうし、良さげな男子はもれなく結婚している。結局趣味と仕事、あとは自分と向き合って生きていくことになるのかな。それが嫌って事ではないけれど、望んでいるとも・・少し違う気がする。こんなこと考えるのって、30代になったから?」
小さい頃「成人」は大人だと思っていた。小学生から始まって20歳を迎えるまでは長い。学校を卒業して社会にでてガムシャラに働く毎日がスタートする20代の10年は短すぎる。この間成人式だったのに、もう30代の仲間入りをしてしまった。思い返せば色々なことがあったし、沢山の出来事が詰まった10年だとしてもあっと言う間。
「これからの10年もあっという間なのかな。」
優ちゃんは「わかる~」と言いながらサラダを口に入れた。モグモグしながらメニューを開く。肉料理のページを眺めた後、指を差した。
「みすじの炭火焼き食べていい?」
「食べよう、食べよう。みすじってどこの部位?」
「わからないけど、前食べたら美味しかったよ。」
優ちゃんは店員さんに追加を頼んだ。背を向けて厨房に向かっていく店員さんを見ていると、ふとトアさんの姿が目に浮かんだ。今日は忙しい夜なのかな?お客さんに笑顔で料理を運んでいるのかな。
「サカ、顔で惚気るのやめてくれる?」
「え・・・なによ、それ。」
「あ~やれやれ、どうせトアさんどうしているのかな~~~なんて考えていたんでしょ?そんな顔していたわよ。ぽわんぽわんしていないけど、ラブラブ真っ最中だってことね。」
ぽわんぽわん・・・か。そう言われてみれば気負いも焦りもない。トアさんと一緒にいる時間はいつも「普通」に流れていく。こんな事言ったら、こんな事したら、そんな心配をしていない。私がいてトアさんが当たり前にいる。沢山話す日もあれば、何も言わずに過ごすこともある。トアさんがパソコンに向かって原稿を書いている横で本を読んでいても居心地が悪いなんて思わない。
トアさんは私に初めてのことをくれる人。それがとっても心地いい。
「今まで私の周りにいないタイプの人だからかな。気を遣わなくていいし、考えていることや思ったことを言える。「へえ、そうなんですか。」って聞いてくれるし。優しい人なんだと思う。」
「サカ、それってね。今までの人とは気を遣って本音を言えないまま付き合ってきたって事じゃないの?」
「え・・・あ・・・そうなのかな。」
「で、今回は違うってことね。」
「・・・そうなのかな。」
「私もそういう出逢いあるのかな。あったらいいなあ~」
違う・・・ね、うん、確かに違う。トアさんが言う「特別」ってこういう事なのかな。照れもなく時々言うから私のほうが恥ずかしくなる「特別」という言葉。
トアさんは「ずっと。」も言ってくれた。DVDを見たあと教えてくれたその意味。
「陳腐なセリフだと思ってきましたが、脚本書いた人も監督も俳優も皆、これが真実だと知っていたってことです。だから沢山の映画にでてくるセリフなんでしょうね。僕も素直に頷けるようになりました。坂口さんのおかげです。」
真実。シンプルだけど言葉の持つ意味と重さに胸が詰まった。
特別の人と一緒に過ごす日々は・・・とても大事な時間になるのかな?私の中に湧き上がってきた問いかけ。それにはすぐ答えがでた。
大事な時間、そして私はそれを望んでいるということ。
「サカ?」
「なに?」
「人にはそれぞれタイミングがあって、10人いたら10人違うと思う。望むこと、欲しい物、それだって全員違うだろうし。今の私は仕事や自分の興味に走っているから、出会いはきっともっと後になる。
サカにとって今回の出会いは、きっと何かのタイミングだよ。大事にしてね。」
「優ちゃん・・・。」
「真面目な話はここで終わり!飲むよ~開放感を満喫しなくちゃね。」
ガチンとジョッキを合わせてビールをごくごく飲む。
タイミング・・・か。それは私が一番感じていることだ。
テレビをつけたら流れていたあの番組。スーパーの帰りに思い切って声をかけた。そしてラーメン屋さんでの再会。道路一本隔てただけのお互いの部屋。
1年前のきっかけが少しずつ少しずつ「特別」に育った。そしてこれからどんな風に変化していくのだろう。どんな変化であっても、トアさんと過ごす穏やかな時間が変わることはない。
大事に・・・か。
そうだね、失くしてしまわないよう、しっかり手のひらに包んで大事にしよう。
『おはようございます。』
眼鏡のないトアさんの顔が浮かんだ。今日はトアさんの所に帰ろう・・・かな。
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