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apr.14.2017 負けず嫌い
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「そういや衛はこれあんまり好きじゃなかったよね。」
理は皿に盛られたドライフルーツを指さした。イチジク、マンゴー、レーズン、パイン。特にパインは白い砂糖がまぶされているようで薄っすら白い。理の言う通り、俺の苦手な食べ物。
「味も食感も何もかも好みには程遠い。」
「え~そうかな。生もいいけど、ドライになると甘みやうま味が凝縮するじゃないか。それにクリームチーズと合わせて食べるとワインがグビグビだぞ?」
「クリームチーズならナッツを合わせるほうがいい。ナッツとクリームチーズだってワイングビグビコースだろ。」
「そっちも美味しいけどね。食感か・・・このグニャっとしているのが駄目?」
「新鮮で瑞々しい果物を何故「干す」必要がある?たっぷりの水分と甘さを楽しむほうがずっといい。クリームチーズとの相性だっていいじゃないか。」
「林檎チップスは食べるじゃないか。」
「あれは完全に水分がないし、パリっとしているから食べられる。」
「ふ~ん。色々あるんだね。そう言われてみると、お客さんにもいるよ。サラダのトマトは残すのにトマトソースは問題なしって人。加工の仕方によって味が変わるしね。俺だって毛ガニのミソは大好物だけど、缶詰や瓶詰のカニミソはおえええ~~~ってなる。あれはミソでもなんでもない。色も気持ち悪いし。」
「俺のドライフルーツと理の加工カニミソは同じってことだ。」
「そうだね。じゃあ、これは俺が一人でやっつけるから心配するな。」
皿に盛られたのは業者が売り込みをしてきたドライフルーツの試供品。「チーズの盛り合わせと組み合わせてもいいかもな。各自味見よろしく。」村崎は全員にドライフルーツを持たせて試食を命じた。一口くらいなら食べてもいいが、美味しいか不味いかの判断できる自信がない。俺にとってはすべてのドライフルーツが不味い物でしかない。
「シェフが味見しないわけにいかないだろ?じゃあこのくらいなら食べられるだろ?」
理はキッチンバサミで小さく切り落としたドライフルーツを取り皿にのせた。しょうがないので一つ口にしたが、味見をするには小さすぎたのか噛むまでもなく喉の奥に消えた。凝縮された香りだけが鼻の奥に残る・・・これでワイングビグビ?無理だ。
「小さくてよくわからないが、美味しいとは言えない。もれなく不味い。」
「うわ~ひどいな。このマンゴー美味しいよ。」
「国産のマンゴーを使っているらしい。業者が一押しだったからな。」
「北海道のマンゴーも使われていたりして。」
「さあ、どうかな。」
摩周湖や屈斜路湖のあるエリアでマンゴーの栽培がされている。本州では4月から母の日にかけて収穫の最盛期を迎える。しかし北海道のマンゴーはその前、真冬の2月あたりから出荷ができる。秘密は温泉。温泉天国北海道だからこそできる栽培方法だ。80℃の温泉をハウス内を循環させて室温を保つ。まだメジャーとは言えないが「ふるさと小包」の取り扱いが始まり、期待されている果物だ。
俺としては気軽に買える値段になることを期待している。
「美味しくつまめるものがあればドリンクの売り上げが伸びるから、これ単体の原価というより、アルコールの粗利と合わせて考えたほうがいいかもしれないね。」
「そうだな、チーズとクラッカーとドライフルーツの原価。それとアルコールの利益分をいくらか回す。アルコールを頼まないでこういうメニューをオーダーする客はいないだろ?」
「いないよ。それにビールよりワインやソーダ割り系と合わせてのオーダーだから、利益率がいいよね。」
生ビールはビール本体の原価だけではない。細かいことを言えばビアグラスを冷蔵庫に入れて冷やすための冷蔵庫の電気代と場所が必要になる。ソーダ割りはソーダを冷やしておくだけでいいし、赤ワインは常温。利益の上乗せもあるが、経費を飲み込んでいるから飲食店の値段になる。
「ミネは好き嫌いないのかな。」
「あるだろう。」
「へえ~何?」
「・・・知らない。」
「これ嫌いなんだよね~」と村崎が言ったことがあっただろうか?記憶を引っ張り出してもでてこない。それはそれで・・・悔しい。
「ブロッコリー嫌いだった俺もミネのガーリックオイル和えで克服できたし。嫌いな食材を美味しく料理できるから好き嫌いがないのかもしれないよ。父親はプロだしね。」
やはり・・・悔しい。
「ああ・・・もおお、衛。そんな顔するなって。俺だって毎日美味しいものを食べているから。お大っぴらに言えないけど専属シェフがいるなんて皆が羨ましがるだろうな。食べた事のない物を沢山作ってくれて、食のレパートリーは格段に増えたんだし。」
何をどう言われても悔しい。
「理。」
「な・・・んだよ。」
「5分待ってろ。村崎に負けるわけにはいかない。」
「え?今から?いいよ今度の休みの日で。」
「嫌だ。このままでは眠れない。」
「大げさだな。」
理の顎を掴んで唇を重ねる。んんぐう!!と理の言葉にならない声を聞いて唇を離した。
「ちょ!なんだよ!」
「理が理由であればどんなことも重要だ。大げさ?そんなことはない。5分だけ待ってくれ。」
「あああ・・・もう、わかったよ。」
急いでキッチンに行きお湯を沸かす。その間にブロッコリーを切り分け、茎は皮を剥いた。突然のひらめきだったが形になる予感がある。
村崎のガーリックオイル和えはニンニクとオリーブオイル、塩コショウ。このほかに出汁が隠し味に使われているからうま味があって美味しい。インスタント物は使わないが、この料理だけ顆粒のカツオ出汁を使う。小さじ1の顆粒だしをブロッコリーのゆで汁大1で溶かす。塩と胡椒、ニンニクとオリーブオイル。これを乳化させて茹で上がったアツアツのブロッコリーと和えれば一味違う一皿が完成。
おれはこれをヒントにブロッコリーを調理してみることにした。
オリーブオイルとゆで汁を合わせ醤油を加えた。そこに茹で上がったブロッコリーを入れてなじませる。「しらす」「いと削り」「ゴマ」の3品。これを加えてよく混ぜたあと皿に盛って出来上がり。仕上がりまで5分もかからない。一つつままんで確認-思った通りの味に仕上がった。
「できたぞ。」
「あっという間だね・・・ってブロッコリーじゃん。」
「そうだ。村崎のブロッコリーに対抗して作った。」
「負けず嫌いだな・・・え?しらす?ええ~~魚とブロッコリー?えええ~」
やる気満々とはいいがたい理の表情。ガーリックオイル和えに出汁が入っていることを知らないからそんな顔になったのだろう。イノシン酸のうま味を甘く見ないほうがいい。
「俺の料理が食べられないと?」
「バカ衛。そんなこと俺が言うわけないし。じゃあ、いただきま~す。」
一番小さいブロッコリーを選んで理は口に入れた。最初は恐る恐るモグモグしたあと「?」と表情が変わる。迷わずもう一つ口にした。
「・・・衛。」
「どうだ?」
「うわ!これ美味しい!ミネのはワインとパンが欲しくなるけど、これは白いごはんだ!アツアツの!立派にごはんのおかずになっているよ。ブロッコリーなのに!サラダじゃなくておかずだ!和食なブロッコリーって新鮮!」
表情が緩むのは仕方がないだろう。苦手な食材を美味しいと食べる姿を見て喜ばないほうがおかしい。
「なんだよ、その俺様顔は。」
「最高に嬉しいから。」
「・・・まったく。対抗意識?負けず嫌い?プライド?何でもいいけど、収まった?」
「ひとまずはな。」
「欲張りだな~。」
「村崎にはいつも先を越されているからな。」
「当たり前だ、キャリアが違うだろ?ミネがリーマンになったとして衛より出来る男だったら困るじゃないか。」
「・・・それはそうだが。」
「衛、これ明日の賄いで作ってよ。白いごはんと食べたいし皆にも食べてほしいし。」
「皆に?」
「ブロッコリー武本スペシャル。」
ふりかけといい・・・理のネーミングセンスは如何なものか。
「これは負けていられんな!なんてミネが言って、新しい料理が生まれるんじゃない?それってSABUROの新メニューに繋がるかもしれないしね。やっぱり厨房は二人いるからレベルが維持できるんだよ。俺も頑張るよ、どこにも負けないホールチームになってやる。」
俺のモチベーションのすべては理の存在だ。理の食べたことのない「初めて」をこれからいくつ与えることができるか。沢山の初めてのために俺は頑張れるし勉強ができる。
ご褒美は理の笑顔だ。
それは客の笑顔に繋がりSABUROスタッフ全員の喜びになる。
理がいるから俺の人生に意味がある。
お前あっての・・・俺だ。これが正解。
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