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jun.9.2017 人生の1/3
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「おはよう」
「おはよ」
ツルツルしていて温かい。シンプルに気持ちがいいと思う。
「やっぱりこっちのほうが気持ちいい」
バカ衛。恥ずかしいことを口にするなと言いたい。頭の中で噛みしめてくれないだろうか(現に俺はそうしている)
「理、そう思うだろ?サッカーよりずっといい」
「サッカーだって捨てがたい。いい感じに柔らかくなってきたしね」
「柔らかいのならガーゼのほうが上じゃないか?」
「そうかな」
「一番柔らかいのは理だ」
くっはぁぁ!何を言い出す色ボケ鉄仮面!でも俺は知っている。俺の前で衛が鉄仮面にならないことを。鉄仮面どころか、ドキっとしたり、ぐっとくる顔をしていることのほうが多い。ホント男前には敵わない。
「俺は男だから柔らかいはずがないだろ。本当は女のほうがいいとか?」
背中越しにわざとらしい大きなため息。「女のほうがいい」なんて言われたら絶望するのは確定なのに、少々憎まれ口な俺。これはささやかだけど、俺なりの甘えだったりする。「違う」という言葉をもらってヌクヌクするのは気持ちがいい。目が覚めたばかりの朝は特に。
「女?他の男?全部却下」
「そう……か」
項に柔らかいキスが降りてくる。衛はわかっていて俺の欲しい言葉をくれる。男女問わず俺以外の誰でもダメにきまっているという気持ちを。
別に不安なわけではない。でも時にわかりきったことを聞かせてほしいと思うことだってある。大事な相手の気持の中に自分が存在しているということを確かめたい。女々しい?言いたければ言えばいい(女々しいって失礼な言葉だよね)この気持ちに男女の差はないと俺は思う。
「すべすべで気持ちがいい」
「普通だろ、普通!」
ふふふという笑いが衛の唇を伝わって俺の肌にふわりと乗る。衛を近くに感じる瞬間。
不思議なもので、俺も衛の肌を気持ちいいと思う。当然俺達は男なので、女性とは違う。脱毛なんてする気もしないからスベスベツルツルとは違う。違うのに、やっぱり触れると気持ちがいい。
柔らかさとは違う筋肉の弾力は手に馴染むし心地がいい。
「熱帯夜がくるまで、こうしよう。俺はそうしたい」
「サッカーとガーゼはどうするんだよ。夜色々検索したのに」
「だって、このほうがずっといい」
背中越しに抱えられるポジションのまま衛は腕にキュっと力を込めた。衛の胸と俺の背中がぴたりとくっつく。確かにね……気持ちがいい。
サッカー、ガーゼ。これはパジャマの生地のこと。
綿のパリっとした感触は清潔で着ていて落ち着く。
サッカーはカサカサする生地の具合がいい。新品より何度か洗濯したあとの少し柔らかくなった状態が好き。凹凸のある生地はさらっとしていて見るからに涼し気だ。
衛はガーゼがお気に入り。3枚重なっているせいでフワリとした感触が肌に優しい。吸湿性抜群、洗濯してもすぐに乾く。パジャマだけではなく衛はハンカチもガーゼ製にした。表面はガーゼ、裏面はタオル地という優れもので、俺も真似をして愛用している。
指輪、ワイングラスと万年筆、そしてハンカチがお揃いアイテムに加わった。もちろん色違いだしまったく同じものではないけれど、揃いの物を持っているということが気恥ずかしいくせに嬉しかったりする。
『そろそろパジャマを変えよう、日記を読んでみたら去年の今頃もサッカーとガーゼのことを書いていた』と言ったのは衛。それからネットで新しいパジャマを検索して盛り上がった。
盛り上がったまではよかったが、衛は「実は……」と言いかけて止めた。途中で止められるのは気になるし眠れなくなってしまう。言え、言いなさい、言うべきだとヤイヤイ騒いだ俺に根負けした衛は言った。
「何も着ないで寝るのが一番いい」
すっぽんぽん……わからなくもない。くたくたになったあと、そのまま眠ってしまう気持ちよさ。そして目覚めた時に触れあっている体温は確かに安心するし気分がいい。でもなんだか恥ずかしいし、ちょっと変じゃないか?と俺は思ったのだ。
仕事を終えて帰宅。シャワーを浴びてさっぱりしてパジャマを着る。そして寝る段になって「おやすみ」と言いながらモゾモゾパジャマを脱いでベッドに潜り込む?
なんだかそれ、ちょっとどうなんだ?
「脱いでベッドに入るのか?」
「ベッドの中で脱いだら違うスイッチが入ることになる」
……それは言えている。ベッドの中でパジャマを脱ぐと「おやすみ」にはならない状況に突入間違いなしだ。それが悪いとはいわないが、毎晩はしんどすぎる。
「何も着ないで清潔なシーツに横になると、いい気分になる。理はならないか?」
「もしかして衛は一人の時マッパで寝てたとか?」
「割と多かったな」
素っ裸の男前……イカンイカン。
「夏は木綿のシーツ。冬はタオル地。シルクを試してみたい気もしたけど、シーツだけテカテカ光っているベッドを想像したらやる気がなくなった」
素っ裸の男前……シルクシーツに横たわる……ますますイカンイカン。
俺の頭の中で変な想像がふき出しそうになったので、ここで素直に「いいよ」と言った。試しにマッパで寝てみようぜ、と軽い調子で。
そして朝になり、この状況というわけ。衛の言うとおりなのは認めよう。確かに気持ちがいい、肌がスベスベだし温かい。安心するし、気持ちまで優しくなれる。
人生の1/3は睡眠。どこかの布団屋の宣伝みたいだけど、それは事実だ。俺と衛は1/4くらいだけど、その時間「眠る」という無意識の中を漂っていることになる。
夢は記憶を整理するためのものだという説もあるから、眠っていたとしても脳はそれなりに働いているし、自分が消えているわけではない。睡眠中の記憶がないとしても、傍にある温もりが心の安らぎを与えてくれているとしたら?
人肌。実は沢山の意味をもつ言葉かもしれない。今こうして衛と話をしながら感じる温度と肌の感触。眠っている無意識の中だからこそ、平穏を与えてくれる。布越しでは得られない直接触れ合うからこそ得られる時間。眠るという休息がより豊かになる重要な要素……そんな気がしてきた。
「俺に気にせず、マッパで眠っていいんだぞ」
また俺なりの甘え。
「裸で眠りたいわけではない。理の体温が欲しいだけだ。一緒に眠っている時こそ、俺達は二人きりになれる。他の誰もいない時間に理を感じていたい。」
……バカ衛。
俺はくるりと反転して衛をギュウと抱きしめる。衛の匂いと体温、柔らかさとしなやかさ。これは俺のものでもあり、俺は衛のものでもある。
衛が平穏を俺にくれているとしたら俺は何をあげられているのかな。
「理が傍にいる。その確かさが俺にとっての朝だ。一日を始めて一日を終える。そしてまた明日を信じられる。それが理の存在だよ。ああ生きているって思える。それを感じる為に余計なものはいらない。理だけで……いい」
俺も役にたっているらしい。
身体を合わせる情熱は互いが深いところで繋がっているという確信をくれる。もっと深く、もっと奥に、そこにあるお互いの深淵を手にできる行為は俺達になくてはならないものだ。それは排泄でもなく欲求を満たす行為でもない。もっと確かで、もっと純粋なもの。
その時得られる気持ちよさと、今感じているものは別のものだ。より温かく、そして柔らかい。安堵と平穏、信じる気持ち……お互いに守り合いながら、ゆったり休息する。
そうか、それこそが眠ること。
一日をリセットするために、寄り添う。巡ってくる朝の為に、俺達は寄り添い続ける。衛の言う様に余計なものはいらない。
「寒くなるまでだからな」
俺の甘ったれは伝わるかな?
衛はニッコリ笑みを浮かべた。
「寒くなったら湯たんぽがいるだろう?言い訳は沢山ある。理は気が済むまでヤイヤイ言えばいい。全部俺が潰してやるから問題ない、そうだろう?」
コンニャロー男前!言葉の代わりに俺は抱きしめる腕に力を込める。俺達はつねに一緒だ。働く同僚として、家族として、恋人同士として。
それにもう一つ加わった。寄り添い休息をとるパートナー。互いを癒し明日への活力を得るかけがえのない存在としての役割。
ずっと一緒にいられる……そんな気がしてきたよ、衛。
俺達はずっと一緒だ。人生の1/3はふたりきりの時間なんだから。
一緒に明日を迎え続けような、衛。
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